えげつない事があったらしい。残骸だけ見た。
ルルがぱっちりと目を開けると最初に見たのは、窓に射す光だ。
「……今日も天気っすか。よし、二度寝っすね!」
「起きろ!」
もう一度布団にもぐり込もうとしたルルを布団からひっぺがすアレン。
「ち、アレンさん。ボンジュールッス」
「ぼんじゅー…?」
「今回は何日ッスか?」
「……尊い犠牲のおかげで次の日だ」
「……なんだか、気分が悪い気がするッス。不愉快な気分ッス。この胃のムカつきはなんっすかね」
ここまで言われたベルにさすがに同情心がわかないわけではないが、アレンはこの件は黙ることにし、着替えろと口にする。
「皆様は?」
「シロ殿は服を買い足しにそれ以外は全員、レイの方へ行った」
「わお。誘拐されかけたルルより、あに様っすか。ひどい人間関係っす」
いそいそとベッド近くに面倒ごとを乗り越えて用意したという法衣に手を伸ばすルルを確認した後にすぐに部屋から出る。……あのままだと自分の前でも着替えかねない。
それにしても、口が悪い。と思いながら、安心した。とも頭を抱えながら思う。ーーリジェが置いて行った竜とレイが護衛を頼んだ二匹の魔物がくんくんと嗅いでいる辛うじてぴくぴく動いているベルの姿を確認した後にアレンは宿の人に謝ろうと足を向けた。
何故アイツ等はあれをどっかに捨ててこないんだ。
謝り、戻ってきた時にルルがつんつんとベルを棒のような物で突っついてうひょひょっ!と楽しそうに笑っている姿を見た瞬間にこの為かーーと、妙に脱力してしまった。
外に出たいと騒いだルルに釣られ、シロには部屋に手紙を一筆書き残し外に出る。
地竜だと預けられた竜の上にルルが乗り、ギルドに移動する中、かなりの奇異の目を集めた事にアレンは辟易した。魔物まで引き連れているせいだろうか。それとも、見た目だけなら妖精にも負けないほど美しい少女がにゃほほほっ!と高笑いしているせいだろうか。ーーわからない。
どうして、あんなに儚げな雰囲気をぶち壊す性格なんだろうか。
十歩くらい後ろを歩きたい気分だが、行く先々で屋台に突進していくルルの財布を握っているのはアレンで有り、泣きたくなってきた。
「蕎麦はないんすか?」
「あるよ」
ルルの質問に気持ちよく答えた屋台の店主にアレンが二杯分注文する。
魔物にも竜にも下手に餌を与えるなと注意されているために物欲しそうな表情に耐えつつ、アレンは蕎麦を音をたてずに口の中に流し込み、ルルは、一生懸命にズルズルっと音を立てて頬張る。
「お嬢ちゃん、異世界人かい?」
「うぃッス!」
「だよなー。その食べ方は異世界人でも通な人間って聞いたぜ」
「にゃははっ、異世界でも廃れ始めた食べ方ッス。ーー何が音が不愉快ッスか。ルルは、この食べ方で表情筋鍛えて小顔として生きていくッス」
「どこに喧嘩売ってるんだ。お前は」
不穏な空気を纏い、にやりと笑うルルにアレンがさすがにストップをかけると、ルルはこてん、と首を傾げる。
「特にどこにも売ってないッス。思い付いたから話す。ルルスタイル!」
「やめろ!どこで誰に喧嘩売るかわからない口を今すぐ閉ざしてくれ!!」
自信満々に胸を張るルルに恐怖を感じるアレン。
「お前は、その性格で元の世界でどんな人間関係だったんだ」
「とても楽しくギスギスしてたッス。特にあにさんとあに様のおかげで恋愛方面と、家族関係で」
「………」
聞かなければ良かったと後悔したアレンを尻目にプハーっと蕎麦の汁を飲み干したルル。
「普通に蕎麦で美味しかったッス」
「そうかい?」
「よくを言えば天ぷら蕎麦も欲しいッス」
「天ぷらねー……油が大量に必要だからねえ。高いんだよねー」
あまり、気乗りしない様子の店主にルルは、ふむ、と頷く。
「油が大量に手に入ればいいんすね」
「待て」
ルルの行動を先に読んだアレンがルルの腕を掴む。
「能力を使うのか?」
「良い宣伝になる筈ッス」
「倒れたばかりだろ」
心配し、止めているアレンの言葉が響いたのか俯くルル。反省したのか?とか思ったのなら大間違いだった。
「なんかこの魔力が臓物によくない気がするッス」
「……」
「ルルの図太い神経では一撃ダメージッス。さあ、消費いたしましょうッス」
もう何を言っても無駄な気がしてきたアレンは、蕎麦の入っていた器を店主にそっと返し、事態を静観する事にする。
「『攻略本』」
両手を出して、本を持とうとしたが、…ボスンっと白い煙だけが手に上がる。
「……出ないっすね」
「そうだな」
「あにさん関係か。それともファーレンに異世界召喚された人関係っすかねー。積極的に助けに行く気がないので制限させて貰ったので」
「………よくよく考えれば、その能力で我が国の秘密を探れば脅せるのでは?」
「アレンさんが穢れたッス」
真顔でアレンを非難するルルにアレンが慌てる。
「め、面倒を減らしてやろうと」
「アレンさん、貴方、騎士ッスよね。アホなんすか。ルルがそれをやろうとしたら止める立場ッス。ーーよし、やろう!」
「悪かったと思っているッ!!」
大慌てでルルの肩を掴む。ルルがきょとんとし、通行人や腹ごなしをしている客……周りの視線が一気にアレンに注目している。
「あ…、す、すまなかった」
「別に構わないッス。が、周りの人たち、痴話喧嘩と思ってるッスよ。よ、ロリコン」
「お前は成人してるだろ!?」
ひそひそとアレンを視線を向ける人々に合わせて、ロリコン疑惑をさらに拍車をかけようとするルルに頭が痛い思いだ。
「しかし、確かに能力で過去を暴き倒すのは大変たのしそーっすね」
「止めろ」
「何故思い付かなかったんすか。ルルにも爪楊枝で潰せる程度の善意と常識が有ったとはーーご両親の教育の賜物ッスね」
「………爪楊枝は、この世界にもあるがお前がいうそれが、あれと同じ物なら親嫌いだろ」
アレンが示した物を見ると、ルルが知っているものと同じだったので頷くとアレンが物凄く微妙な表情をした。
「誘拐されて一年ぶりにご帰宅したら、『なんで帰ってきたのよ!?』と罵られたので、ママンは好きじゃないッス」
「………すまない」
「いえ、特には。誘拐される前は普通のママンでしたが、どうも、『娘を返して』とカメラの前で泣いていたら目立ちたい根性に火がついたというか……売れっ子女優だったのに兄がお腹に宿っってーー色々あって、バッシングが酷くて引退したとかで……未練があったらしいッスよねー。で、悲劇の女優として復活しようとした矢先にルルが帰ってきたせいで、対して話題にもならず、消えた芸能人に戻ったッス。よし、ざまあ!」
ルルの生い立ちが思った以上にブラックでアレンは若干身を引いた。しかし、嬉々として語るルルはなんだろうか。
「にゃほほっ!一年ぶりに帰ったルルの口汚さを知らずに罵ってきたママンを号泣するほど言い負かした時の爽快感!ルルは、あの時が一番人生の最高潮したッス」
高らかに高笑いをするルルは本当に楽しげだ。……アレンは少し遠い目をしたくなった。
「早いピークだな…」
「人生を生き急いでフルスィングッス」
そう言いつつ、また、目に入った露店で団子を買って食べ始める。もぐもぐと口に放り投げ、むーんっと眉間に皺を寄せる。
「………白いのに草餅の味がするッス」
「作り方を見学させて貰ったり、」
「ルル、食べる専門なのでわかんないッス」
「能力で確認を…」
「アレンさん、ちょっと頼り過ぎッス」
顔をしかめるルルにう゛…っ、と痛い所を突かれた気分になる。
「……倒れたお前に頼む事でもなかったな」
「そうッスねー。ところでサラマーさんは蛇みたいな歩き方をなさるっすけど、飛べないんすか?」
くねくねと地を泳ぐように移動するサラマーの背中に乗りながら今さらな質問をするルル。
「クオーン」
「人語は喋れなかったんすね。申し訳ないッス」
「理解は出来てるようだな」
奇異の視線も気にしないルルは、それいけっとギルドの方向に先頭を誇らしげに歩いている犬っぽい魔物の方に急げと指示する。
「ギルドにお客様がいないかのチェックッス」
「……考えてみたのだが」
「なんすか?」
「レイとリジェはおとなしくしている前提でどっかに行ったんじゃないか?」
「え、今更気づいたんすか?」
きょとんと眼を丸くするルル。アレンは思わず顔を手で隠してしまった。全然二人の気持ちを察してやれなかった羞恥心からだ。
ギルドに行列が出来ていた。
それをみた瞬間にルルがうげぇっと顔を歪める。
「……なんか一気にテンション下がったので帰りたいッス」
男も並んでいるが、全体的に年頃の女性の方が多い。全体的にきゃっきゃっと浮かれた空間にアレンも身を引く。
「そうだな。この中に突進していく勇気はない」
「では、帰ろうッス」
くるっと背を向けたルルと地竜に賛同して二匹とアレンも背を向けようとするとギルドの入口付近からおーいという声が聞こえる。
「ん?クレイマンだな」
「おっさんっすね」
「おい、ルル。アレン、待ってた。お前たちの客だぞ」
にかっと白い歯を見せて、さっそく仕事を頼むとルルを子猫のように襟首を掴んで運んでいくクレイマンにルルは涙ながらに「働きたくないーッス!!」と魂の悲鳴をあげて居た。
「……行こうか。お前たち」
こくりと三匹が頷くので、アレンはちょっとほっこりした気分になった。




