不良生徒の思い出
だるかった修学旅行三日目の朝。
何をしに来たのかさっぱり分からない。
今日は一日かけてバスで岡山に帰るだけ。
途中で舞妓さんを見るためだけに京都に立ち寄るらしい。
エロジジイの考えることは分からない。
バスでホテルを出ようとした時に事件は起きた。
「皆さん乗車されましたか?」
決して美人とは言えないが、隣のバスのおばさんよりはマシな、ちょっと若作りのバスガイドが張り切った声を上げる。
「どれ、数えてみるか」
今日も絶好調の西脇が名乗りを上げて、バスの前から後ろに向いて生徒の頭を数えながら歩いていく。
クラスの大半は、西脇の本当の姿を知らない。
あいつは、昨日俺達と脱衣麻雀に挑戦していた。
先生という枠に収まらないすごい奴だ。
「こらぁ、貴様なんちゅう格好じゃ。制裁!」
朝っぱらから剛腕というか豪腕というか、とにかく電柱のように太い腕がうなりを上げて、胸元のボタンを外して涼んでいたダチの頭に叩き落とされた。
「酷ぇ!」
「知るか、この」
昨日の友も、今日は一応先生だった。
俺も殴られる前にボタンを閉じた。
「うーい、42じゃ。ガイドさん、全員揃いました。行きましょう!」
一番後ろまで数えた西脇は、前に向き直ると、寝ぼけている連中も目が覚めるような大きな声でガイドに伝えた。
誰も、西脇の言葉を疑う者はいなかったし、みんな止まっているバスの中で出発を待つのは嫌だった。
隣のバスを出し抜いて勝手に出発するというのはなかなか気持ちが良い。
信号一つ分であっても早く着いて、さも待ちくたびれたような顔をして迎えるのが良いのだ。
みんな、出発を心待ちにしていた。
「じゃ、全員揃ったようなので出発します」
期待に応えるかのように、バスガイドはひときわ大きな声を張り上げ、ドアがプシュッと閉められた。
西脇はどっかりと最前列の自分の席に腰を下ろすと、腕を組んでいつもの居眠りのポーズを取った。
だが、バスは発進しない。それどころか、もう一度バスの戸がプシュッと開いた。
誰かが不平の声を上げようとした時、その理由が分かった。
一人の大柄な男がのそのそと、バスに乗り込もうと近付いてきていたのだ。
え!?
みんなが目を疑った。
「部屋の確認してました。遅れてすみません」
無表情で入ってきて、ぺこりと頭を下げたそいつは、誰あろう委員長の石井君だった!!
みんな唖然としていた。
さっき人数を数えたはずなのに、乗っていない奴がいたなんて。
よりによって委員長。
何故そんな大切な、目立つ人物を忘れてしまったのか。
さっき、後ろまで歩いて顔見ながら確認してたよな??
全員の視線が西脇と石井君の間を行ったり来たりした。
誰も声にはしなかったが、空気がはっきりと西脇を非難していた。
「あーん?」
場の空気が悪いのを悟ったか、西脇は立ち上がり、入口で立ちすくんでいる石井君にずかずかとにじり寄ると、真顔で言った。
「人数が合わなくなる。石井、降りろ」
誰もが耳を疑ったが、次の瞬間バスの中が爆笑に包まれた。
石井君は何が起こったのか分からず、困惑の表情を浮かべたまま突っ立っている。
突然「降りろ」なんて言われた意味が分からないのだろう。
ガイドのお姉さんはあきれ顔で言った。
「まあ先生。足りないのは困りますけど、多いのは構いませんから」
爆笑の渦は、大爆笑へと変わった。
これ、他のバスから間違って乗ってきてる奴がいたらどうすんの?
一人笑っていない者がいた。
石井君。
彼はまだ状況が飲み込めていない。
釈然としない表情のまま、自分の席に座った。
席は、どうやら足りているらしい。
「さあ、今度こそ出発します」
数えなおす前にバスの戸がプシュッと閉まり、そのまま先に出たバスを追うように出発してしまった。
おいおい、他のクラスの奴が本当に混ざってたらどうすんだ?
でも、他のバスが出ているということは、大丈夫なのか?
納得がいかないのか、西脇はもう一度数えて首をひねっている。
おい、本当はここに何人いるんだ?
休憩でバスが止まるたび、西脇が点呼しようとするのを高本先生が止めていた。




