9話 もう一度好きだと言ったら
数日後、教室へ入ると、日和が俺の手元を見た。
「相沢君、傘は?」
「いきなり何だよ」
「持ってないの?」
「朝は晴れてただろ」
「やっぱり天気予報、見てないんだ」
日和が呆れたように息を吐く。
「午後から雨だよ。しかも、今日も図書委員でしょ?」
「学校で借りる」
「ふうん」
日和はそれだけ言って前を向いた。
髪につけた黄色い花へ触れながら、何かを考えるように窓の外を見る。
◇
放課後、予報どおり雨が降り始めた。
閉館作業を終え、綾乃先輩と図書室を出る。廊下の窓は、吹きつける雨で白く曇っていた。
一階へ下りると、昇降口の前に榊原先輩が立っている。
手には傘が二本あった。
「榊原君、どうしたの?」
「見れば分かるだろ」
榊原先輩が一本を差し出す。
「私、折り畳み傘を持ってるよ」
「骨が曲がってるって、朝から見せてきただろ」
「覚えてたんだ」
「嫌でも覚える」
綾乃先輩は小さく笑い、傘を受け取った。
俺も職員室へ向かおうとしたところで、名前を呼ばれる。
「相沢君」
振り向くと、靴箱の前で日和が黄色い傘を持っていた。
「待ってたのか?」
「うん。少し前まで美緒と教室にいたから、そんなに待ってないよ」
日和が持っている傘を掲げる。
「直哉、持ってないから」
「学校で借りるって言っただろ」
「でも、まだ借りてないでしょ」
「今から行くところだ」
「じゃあ、私は先に帰ろうかな」
日和がわざとらしく出口へ体を向ける。
「待て」
呼び止めると、日和がすぐに振り返った。
「借りないの?」
「借りない」
「素直でよろしい」
日和が嬉しそうに笑う。
「じゃあ、私たちは先に行くね」
綾乃先輩が俺たちへ手を振る。
榊原先輩は何も言わずに扉を開け、綾乃先輩がその隣へ並んだ。
二人を見送ったあと、日和が黄色い傘を開く。
「行こ、直哉」
◇
一人用の傘へ二人で入ると、肩が触れた。
日和が傘を俺のほうへ傾け、自分の右肩を雨に濡らしている。
「貸せ。俺が持つ」
「私の傘なんだけど」
「お前が濡れてるだろ」
傘の柄を受け取り、日和のほうへ傾け直す。
今度は俺の左肩が外へ出た。
「直哉も濡れてるよ。もっとこっち」
日和が俺の袖をつかみ、自分のほうへ引く。
腕が触れ合い、歩幅まで揃った。
「これなら大丈夫」
「近い」
「離れたら濡れるでしょ」
日和は袖をつかんだまま離さなかった。
雨音に紛れて、自分の鼓動が大きく聞こえる。
「わざわざ迎えに来たのか?」
「そうだけど」
「何で?」
日和は前を向いたまま答える。
「一緒に帰りたかったから」
思わず足が止まりそうになった。
「何、その顔」
「そういうことを言われると、勘違いするぞ」
「何を?」
「まだ俺にも、可能性があるのかって」
日和が立ち止まった。
つかまれた袖につられ、俺も足を止める。
傘を叩く雨音だけが続いた。
「……今すぐは、答えられない」
「そっか」
「そんな顔しないで」
日和が俺の袖を少し強く握る。
「今度は逃げない。もし、もう一度好きだって言ってくれたら、あのとき断った理由も全部話すから」
胸の奥が熱くなる。
「それ、期待してもいい答えか?」
「それは、直哉次第です」
「また敬語」
「こういうときくらい、許して」
日和は俺の袖を離さないまま、先に歩き出した。
「でも」
「何だよ」
「直哉じゃなかったら、迎えに来ないよ」
「それは期待させるだろ」
「知らない」
日和が明るく笑う。
俺は傘を持ったまま、その隣へ並んだ。
終わったと思っていた恋には、まだ続きがあった。




