8話 幼馴染だと、バレた
放課後、図書委員の当番へ向かおうと鞄を持ち上げたところで、日和に袖を引かれた。
「相沢君、今日も図書室?」
「ああ。篠宮は帰らないのか?」
「私も行く」
「何か用事か?」
「白石先輩に会ってみたい」
思っていたより、まっすぐな答えが返ってきた。
「やっぱり気になってたのか」
「直哉が、気になる言い方をするからでしょ」
「学校では相沢君だろ」
「今、誰も聞いてません」
日和は周囲を見回してから、俺の隣へ並んだ。
「行っちゃ駄目?」
「駄目とは言ってない」
「じゃあ決まり。早く行こ」
日和は「決まり」と笑い、先に教室を出た。
◇
図書室へ入ると、綾乃先輩は貸出カウンターで当番表を確認していた。
「お疲れさま、相沢君」
「お疲れさまです」
俺の後ろにいた日和へ気づき、綾乃先輩が顔を向ける。
「そちらは、お友達?」
「同じクラスの篠宮です」
日和が俺の横から一歩前へ出た。
「篠宮日和です。相沢君がいつもお世話になってます」
「どうして篠宮が挨拶するんだよ」
「同じクラスだから」
「クラスメイトはそんな挨拶しないだろ」
綾乃先輩が口元へ手を添えて笑う。
「白石綾乃です。こちらこそ、相沢君には助けてもらってるよ」
「俺、まだ二回しか当番してませんけど」
「二回も、だよ」
「そういうことにしておきます」
日和は俺たちのやり取りを聞くと、綾乃先輩へ笑顔を向けた。
「白石先輩、相沢君の扱いがうまいですね」
「篠宮まで何を言ってるんだ」
「褒めてるんだよ」
綾乃先輩が日和の髪へ目を向ける。
「その髪飾り、可愛いね」
「ありがとうございます。これ、相沢君が選んでくれたんです」
日和は待っていましたとばかりに黄色い花へ触れた。
「選んだのは俺だけど、買ったのは篠宮だろ」
「でも、似合うって言ったよね?」
「言ったけど」
「なら、私の説明で合ってます」
「押しが強いな」
「今ごろ気づいたの?」
綾乃先輩が、俺と日和を交互に見る。
その目は笑っていたが、何かを確かめるようでもあった。
綾乃先輩が返却台を指さす。
「相沢君、話してるところ悪いけど、こっちを台車へ載せてもらえる?」
「はい」
台車を引き寄せ、返却された本を載せていく。
日和は帰ろうとせず、カウンターの前に残っていた。
「白石先輩から見て、相沢君ってどんな人ですか?」
「俺がいるところで聞くのか?」
「いないところで聞いたら、陰口みたいでしょ」
「悪いことを聞く前提なのかよ」
日和が楽しそうに笑う。
綾乃先輩は少し考えてから、俺を見る。
「まじめで、覚えるのが早い人かな」
「ほら」
「何が、ほら、なの?」
「悪いことは出なかっただろ」
「まだ続きがありそうだよ」
日和に促され、綾乃先輩が困ったように笑った。
「あとは、最初に『こういう人だ』って決めちゃうところがあるかも」
台車へ本を載せる手が止まる。
「そう思っちゃいましたか……」
「少しだけね」
日和が吹き出した。
「分かります。直哉、昔からそういうところあるから」
笑っていた日和の顔が固まった。
綾乃先輩が一度だけ瞬きをする。
「直哉?」
「言ってません」
「言ったよ」
「空耳です」
「篠宮、さすがに無理がある」
日和が助けを求めるように俺を見る。
初対面のふりを続けたいのは日和だ。けれど、ここでさらに嘘を重ねても、綾乃先輩には通じない。
「俺たち、幼馴染なんです」
日和の目が大きくなる。
「学校では事情があって、初めて会ったことにしてます」
綾乃先輩は驚いた様子だったが、すぐに納得したようにうなずいた。
「それで、二人の話し方がときどき変わってたんだね」
「黙っていてもらえますか?」
日和が尋ねる。
「もちろん。本人たちが隠していることを、私が話したりしないよ」
「ありがとうございます」
日和は頭を下げてから、俺の制服の袖をつまんだ。
「勝手に言ったこと、あとで怒るからね」
「助けを求めたのは日和だろ」
「それとこれとは別です」
名前を呼んでも、もう取り繕おうとはしなかった。
◇
日和が帰ったあと、俺は返却された本を書架へ戻した。
閉館時刻が近づいた頃、窓際の席にいた榊原先輩が貸出カウンターへやってくる。
「さっきの話、聞こえた」
「聞いてたんですか」
「近くにいたからな」
綾乃先輩が鍵をまとめながら、榊原先輩を見る。
「榊原君も、誰にも言わないでね」
「言わない。ただ、変なことをしてるとは思う」
「変なこと?」
「幼馴染なのに、初対面のふりか。十分変だろ」
否定はできない。
「篠宮さんが望んだことです」
「お前は納得してるのか」
「してません」
答えると、榊原先輩が眉を上げた。
「でも、日和が黙ってるのには理由がある」
「だから待つのか?」
「俺がそう決めました」
「待つだけで進むのか?」
その言葉が胸に残った。
「榊原君」
綾乃先輩が静かに名前を呼ぶ。
「二人のことは、二人に決めてもらおう」
「分かってる」
榊原先輩はそれ以上聞かなかった。
俺も返事はしなかったが、考えずにはいられなかった。
日和が話すのを待っていれば、それでいいのか。
現在の日和を知りたいと言いながら、俺は与えられた答えを待っているだけではないのか。
◇
家に着いた頃、日和からメッセージが届いた。
『白石先輩たちには、言わないでほしかった』
怒っているのかと思ったが、すぐに次の一文が表示された。
『でも、直哉が幼馴染だって言ってくれたのは、ちょっと嬉しかった』
何と返せばいいか迷い、短く打つ。
『事実だろ』
返信はすぐに来た。
『うん。私も、ずっと初対面のままにするつもりじゃないから』
それ以上の説明はなかった。
けれど日和のほうから、初めて二人の決め事を終わらせようとしていた。




