10話 次の告白は、今のお前にする
翌朝、日和は何事もなかったような顔で挨拶をしてきた。
「相沢君、おはよう」
「おはよう」
学校では、まだ相沢君と篠宮。
けれど昨日、同じ傘の下で交わした言葉まで消えたわけではない。
『もう一度好きだって言ってくれたら、あのとき断った理由も全部話す』
答えに近づく道を、日和のほうから開いてくれた。
今すぐ告白すれば、理由を聞けるのかもしれない。
それなのに、口にする気にはなれなかった。
「相沢君?」
日和が顔をのぞき込んでくる。
「何?」
「今、すごく難しい顔してた」
「朝の小テストを思い出しただけだ」
「今日、小テストないよ」
「じゃあ、気のせいだ」
「下手な誤魔化し方」
日和は笑いながら前を向いた。
追及しない代わりに、机の下で俺の靴先を軽く蹴ってきた。
◇
昼休み、航平を廊下の端へ呼び出した。
中庭に面した長椅子には、以前二人で弁当を食べたときと同じように、五月の風が抜けている。
「話って何だ?」
航平が弁当の蓋を開けながら尋ねる。
「篠宮のことなんだけど」
「付き合い始めた?」
「何でそうなる」
「わざわざ男子だけの場所へ呼ばれたから」
俺が黙っていると、航平は卵焼きを口へ入れた。
「じゃあ、もっと面倒な話か」
「たぶん」
どこから話すべきか迷ったが、遠回りをしても仕方がない。
「俺と日和は、初対面じゃない」
航平の箸が止まる。
「幼馴染なんだ。地元にいた頃から、ずっと一緒だった」
驚かれると思った。
けれど航平は一度だけうなずき、弁当へ箸を戻した。
「やっぱりか」
「気づいてたのか?」
「確信はなかった。でも篠宮、お前にだけ世話の焼き方が細かいんだよ。忘れ物とか、帰りに寄りたい店とか」
「見てたんだな」
「同じ教室にいればな」
航平はそれ以上得意がらず、俺の続きを待った。
「転校する前に、告白した」
「それで?」
「振られた」
「今の距離で?」
「俺にも分からない」
思わず笑うと、航平も困ったように笑った。
「昨日、もう一度告白したら、前に断った理由を話すって言われた」
「なら、すればいいじゃん」
あまりにも簡単に言われ、言葉に詰まる。
「できるなら、もうしてる」
「何が引っかかってる?」
「前と同じことを言っていいのか分からない」
航平が首を傾げる。
「前は何て言ったんだ?」
六歳のとき、目の手術をしたこと。
暗闇の中で支えてくれた日和を、あの頃から好きだったと話したこと。
細かい部分を伏せながら説明すると、航平はしばらく黙っていた。
「それ、好きになったきっかけだろ」
「同じじゃないのか?」
「今も好きな理由とは、別じゃないか」
航平が俺の弁当を指さす。
「子供の頃に卵焼きが好きになった理由を覚えてても、今食べたい理由まで同じとは限らないだろ」
「恋愛と卵焼きを一緒にするなよ」
「俺、いいこと言ったと思ったのに」
航平は不満そうに自分の卵焼きを食べる。
例えはともかく、言っていることは分かった。
俺が日和へ伝えたのは、恋の始まりだけだった。
十年間一緒にいたはずなのに、今の日和の何が好きなのかを、一つも言葉にしていない。
「ありがとう」
「卵焼きの話で?」
「そこは忘れてくれ」
「無理だな」
航平が笑う。
秘密を一つ明かしたのに、肩の荷が増えた感じはしなかった。
◇
放課後、日和へメッセージを送った。
『少し話せるか』
すぐに、『渡り廊下で待ってる』と返ってきた。
人気のない渡り廊下で待っていると、日和が小走りでやってくる。
「もう一度、告白してくれる気になった?」
期待を隠さない聞き方だった。
「すぐにはしない」
日和の足が止まる。
「……焦らす作戦?」
「違う」
「じゃあ、やっぱりやめる?」
明るく言ったが、声が少しだけ弱かった。
「やめない」
日和が顔を上げる。
「あのときの俺は、六歳の話しかできなかった」
「うん」
「次は、今のお前の話をする」
日和は何も言わなかった。
目を丸くしたまま俺を見て、それから、ゆっくり笑った。
「それ、結構ずるいよ」
「何が?」
「嬉しいことを急に言うところ」
日和は一歩近づき、俺の胸元を指で軽く押した。
「じゃあ、覚悟してね」
「何の?」
「今の私、見てるだけじゃ追いつけないから」
いたずらを思いついたような顔だった。
◇
翌日のホームルームで、担任が黒板へ大きく「体育祭」と書いた。
「二週間後の体育祭に向けて、クラスの準備係を二人決める。立候補はいるか?」
教室が静かになる。
その中で、日和の手が迷いなく上がった。
「私、やります」
担任がうなずき、もう一人を探して教室を見回す。
昨日の日和の言葉が浮かんだ。
今の私を見て。
俺も手を上げた。
「俺もやります」
日和が驚いてこちらを見る。
すぐに唇の端を上げ、先生に聞こえない声で言った。
「ちゃんと見ててね、相沢君」




