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俺を振った幼馴染が、転校先で「初めまして」と笑っていた  作者: 楽五郎


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6話 先輩は、どこか懐かしい

「相沢。お前、まだ委員会が決まってなかったな」


朝のホームルームが終わる直前、担任に呼び止められた。


クラスの全員が、何らかの委員会や係を担当することになっているらしい。四月の委員決めに参加していない俺は、どこにも名前が入っていなかった。


「図書委員に一人、欠員がある。特に希望がなければ、引き受けてもらいたいんだが」


図書室なら、日和に校内を案内してもらったときに場所も教わっている。

本を読むことも嫌いではない。


「分かりました」


「助かる。今日の放課後、図書室へ行ってくれ。委員長には伝えておく」


担任が教室を出ていく。

席へ戻ると、近くの男子がこちらへ体を向けた。


「転校早々、委員会か。大変だな」


森川航平。

俺の初登校の日、日和と知り合いなのか尋ねてきた男子だ。その後も休み時間になれば声をかけてくれたが、二人でゆっくり話したことはまだなかった。


「森川も何かやってるんだろ?」


「俺は保健委員。仕事なんて、ほとんどないけどな」


「図書委員も同じようなものじゃないか?」


「どうだろ。返却された本を棚へ戻したり、当番の日は最後まで残ったりするらしいぞ」


「意外と知ってるな」


「去年やってたからな」


航平が胸を張る。


「分からないことがあったら、何でも聞いてくれ。半分くらいは忘れたけど」


「頼りにしていいのか、それ」


「半分は覚えてるから」


航平が笑った。

気を遣って話しかけているというより、誰に対しても自然にこうなのだろう。美緒ほど勢いはないが、話していて身構えずに済む。


隣から、日和が顔をのぞかせた。

髪には、昨日と同じ黄色い花がついている。


「相沢君、図書室の場所は覚えてる?」


「覚えてる。日当たりのいい席まで教えてもらったからな」


「そこまで覚えなくていいんだけど」


そう言いながら、日和は嬉しそうに黄色い花へ触れた。


航平が俺と日和を交互に見る。


「篠宮、相沢にずいぶん詳しく案内したんだな」


「転校初日だったからね」


「篠宮なら学校案内だけで一日使いそうだ」


「それ、どういう意味?」


「面倒見がいいって意味」


「なら許します」


日和が満足そうに前を向く。


航平はその背中を見てから、俺へ小さな声で言った。


「篠宮って、転校して一か月とは思えないよな」


「森川もそう思うか?」


「顔が広いし、先生にも普通に頼られてる。昔からこの学校にいるみたいだ」


俺の知らない日和を、航平は当たり前のように受け入れている。


少し前までなら、それが妙に落ち着かなかった。

けれど今は、その知らない部分をこれから見ていけばいいと思える。


     ◇


昼休みになると、航平が自分の弁当を持ってやってきた。


「相沢、今日は俺と食わないか?」


「俺と?」


「転校してきてから、ずっと女子に囲まれてるだろ。このままだと、男子が話しかける隙がなくなる」


言われてみれば、昼休みは日和や美緒たちと食べてばかりだった。


「確かにな、ありがとう」


弁当を持って立ち上がる。

日和が俺たちへ気づいた。


「今日は森川君と食べるの?」


「ああ」


「行ってらっしゃい」


日和は特に引き止めず、笑顔で手を振った。

美緒も隣から、「男子同士で楽しんできてね」と意味の分からない声援を送ってくる。


航平と向かったのは、中庭の見える廊下の端だった。

窓際に置かれた長椅子へ並んで座り、弁当を開く。


「悪いな。女子との昼飯を邪魔して」


「別にそういうんじゃないよ」


「分かってる。高瀬は誰にでも距離が近いし、篠宮は世話好きだからな」


航平はそれ以上からかわず、弁当の蓋を開けた。


前の学校はどんなところだったのか。部活は決めたのか。この町で行った場所はあるのか。

航平は次々に話題を出したが、俺が答えに困るようなことまでは聞いてこなかった。


「一か月遅れてきた理由、気にならないのか?」


自分から尋ねると、航平は箸を止めた。


「気にはなる」


「正直だな」


「でも、話したくないことを聞いても仕方ないだろ。話したくなったら、そのとき聞く」


あっさりとした答えだった。


「助かる」


「その代わり、学校のことで分からないことがあったら俺に聞けよ。高瀬や篠宮にばかり頼ってると、ますます声をかけづらくなる」


「誰が?」


「男子全員が」


大げさに言う航平がおかしくて、少し笑った。


転校してから、同年代の男子とこうして話すのは初めてだった。

日和のことを考えずに済む時間が、思っていたより心地よかった。


     ◇


放課後、俺は一人で図書室へ向かった。


日和に教えられた道をたどり、扉を開ける。


図書室の中には、すでに数人の生徒が集まっていた。

返却台には本が積まれ、カウンターの前では三年生らしい女子生徒が委員たちへ指示を出している。


「返却する本は、分類ごとに分けてから運んでください。一年生は最初だから、分からなければそのままにして大丈夫。間違えて戻すより、確認してくれたほうが助かります」


声は穏やかだが、説明ははっきりしていた。


男子生徒が一人、背の高い棚を見上げていることに気づくと、その女子生徒はすぐに近づいた。


「そこは脚立が必要だね。私が支えるから、一緒に戻そうか」


自分から脚立を運び、周囲へぶつからないよう声をかける。

大人しいというより、落ち着いて全体を見ている人だった。


何もせずに入口で立っていると、女子生徒がこちらへ気づいた。


「相沢直哉君?」


「はい」


「待ってたよ」


迷わず俺の前まで歩いてくる。


「図書委員長の白石綾乃です。三年生。よろしくね」


「よろしくお願いします」


「先生から聞いてる。今日から図書委員に入ってくれるんだよね」


綾乃先輩は、用意していた当番表と仕事の手順を書いた紙を俺へ差し出した。


「初めてだから、今日は私と一緒にやろう。最初から全部覚えなくても大丈夫」


「ありがとうございます」


「じゃあ、まずは返却から。こっちに来て」


綾乃先輩はそう言って、自分から書架の間へ入っていく。

歩きながら分類番号の見方を説明し、途中で何度も俺がついてきているか振り返った。


説明は簡潔で分かりやすい。

俺が一度棚を間違えると、叱るでも笑うでもなく、正しい場所を指さした。


「数字が同じでも、記号が違うと一つ隣になるの。最初は間違えやすいから、気にしなくていいよ」


「すみません」


「謝らなくて大丈夫。次から分かれば、それで十分」


そのあいだにも、ほかの委員から声をかけられれば足を止め、相手が困っていることを聞き出して指示を返す。

綾乃先輩が図書委員長を務めている理由が、少し分かった気がした。


返却台に残っていた本を、まとめて持ち上げる。

十冊ほど重ねたところで、上の一冊がずれた。


落とす前に体勢を直そうとすると、横から伸びた手が本の下を支えた。


「半分持つよ」


「これくらいなら大丈夫です」


「うん。でも私は手が空いてるから、二人で運んだほうが早いでしょ?」


綾乃先輩は返事を待たず、上から半分を持っていった。

無理をするなと叱るわけでもなく、自分が助けたことを強調するわけでもない。


必要だと思ったから、自然に手を出した。

ただ、それだけに見えた。


その姿が、なぜか懐かしく感じた。


返却作業を終える頃には、窓から差し込む光が赤くなっていた。

ほかの委員たちが帰ったあと、綾乃先輩はカウンターで今日の記録をまとめる。


「初日はどうだった?」


「思っていたより、覚えることが多かったです」


「そうだよね。でも、今日だけでほとんどできてたよ」


綾乃先輩は顔を上げ、穏やかに笑った。


「次の当番も私が一緒に入るから、分からないことはそのとき聞いて。急いで慣れなくても大丈夫」


「はい」


返事をしたあとも、俺は綾乃先輩から目を離せなかった。


自分から前へ出て人を動かしているのに、その声や仕草は穏やかで、誰かが困る前に手を差し伸べる。


そのあり方は、俺が長い間知っていた日和を思い出させた。

初めて会ったはずの人の隣で、俺は不思議と肩の力が抜けていた。



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