40話 ありがとうと、好きは違う
翌日、日和は学校を休まなかった。
俺も休まなかった。
教室では、いつもどおり隣の席に座る。
「おはよう、直哉」
「おはよう」
それだけ言って、二人とも前を向いた。
秘密をすべて知ったのに、何も知らなかった頃より遠く感じる。
昼休みになると、航平が俺の机へ来た。
「相沢、ちょっと来い」
「何だよ」
「今日は俺が男子だけの場所へ呼び出す番」
断る間もなく、中庭の長椅子まで連れていかれた。
航平は弁当を開き、俺の顔を見る。
「篠宮と何かあっただろ」
「分かるのか?」
「朝から二人とも、名前しか喋ってない」
「名前は喋ってない」
「そこはどうでもいい」
航平が箸を置く。
「話せるなら聞く」
以前と同じ言葉だった。
無理に聞かず、俺が話すまで待つ。
だから、全部話した。
日和に琴葉という姉がいたこと。
目の手術のとき、俺を最も支えてくれたのが琴葉だったこと。
その記憶を日和のものだと思い、恋の始まりとして告白したこと。
航平は途中で口を挟まなかった。
「それで、自分が誰を好きか分からなくなった?」
「日和を好きだと思ってた十年に、琴葉の影がどれくらい入ってるのか分からない」
「全部抜き取って、残った分だけ測るつもりか?」
「できるなら」
「無理だろ」
即答だった。
「人を好きになった理由なんて、あとから知ったことが全部混ざる。最初の一個だけ取り出して、これが本物ですって決められない」
「じゃあ、どうすればいい」
「今の篠宮を見て、どうしたいか決めるしかないんじゃないか」
体育祭の日を思い出す。
放送席で先生に注意されても、次の案内を明るく続けた日和。
綾乃先輩が走れるよう、自分から経験のない役へ手を挙げた日和。
もっと前には、美緒と俺が並ぶと露骨に不満そうな顔をして、それでも美緒が困っていれば俺へ任せた。
雨の日は、傘を持たない俺を迎えに来た。
炭酸を飲めば子供みたいに笑い、黄色い花を選べば次の日から毎日つけてきた。
どれも、六歳の病室にはなかった。
「俺、日和にもう一度告白する」
「今決めたのか?」
「いや。たぶん、ずっと決まってた。認めるのが怖かっただけだ」
航平が弁当の卵焼きを一つ持ち上げる。
「やっぱり、好きになったきっかけと今好きな理由は別だったな」
「その卵焼きでまとめるの、やめろ」
「今回はかなり重要な卵焼きだぞ」
思わず笑う。
昨日から初めて、胸の奥へ少しだけ空気が入った。
◇
家へ帰り、机の上へ新しい折り紙を置いた。
古い鳥は、琴葉が俺の手を支えて完成させたものだ。
その鳥へ、今の恋の答えまで背負わせる必要はない。
青い紙を一枚選ぶ。
折り方は途中で何度か分からなくなった。角もきれいには揃わない。
それでも、今度は自分の手で最後まで折った。
翼へ、小さく言葉を書く。
『琴葉へ。あのとき、ありがとう』
好きだったことを、なかったことにはしない。
助けてもらったことも忘れない。
けれど、ありがとうと、今誰を好きかは違う。
古い鳥と新しい鳥を並べ、日和へメッセージを送る。
『明日の放課後、最上階の階段で待ってる』
すぐに既読がついた。
『答え、出た?』
『出た』
少し間を置いて、もう一文送る。
『今度は、俺の答えを聞いてほしい』
返ってきたのは、泣いている顔でも笑っている顔でもない、親指を立てた絵文字だった。
日和らしくて、また少し笑った。




