36話 同じ人を好きになった
数日後、日和に呼び止められた。
「直哉。今日、図書委員だよね」
「そうだけど」
「終わる頃に行く」
「また迎えに来るのか?」
「白石先輩と話したい」
声に迷いはなかった。
「何を話す?」
「直哉には聞かせる。私たちだけで勝手に決めたら、美緒に言ったことと同じになるから」
日和はすでに何かを察していた。
「先輩の気持ちを、俺から話すつもりはないぞ」
「直哉から聞きたいんじゃない。白石先輩の顔を見て、本人と話したいの」
「喧嘩するなよ」
「直哉は私を何だと思ってるの?」
「すぐ顔に出る幼馴染」
「間違ってないけど、腹が立つ」
日和は俺の肩を軽く叩き、自分の席へ戻った。
◇
閉館後、日和は約束どおり図書室へ来た。
綾乃先輩は驚いたが、すぐに椅子を三つ、作業台の周りへ置いた。
「立ったまま話す内容ではなさそうだから」
「ありがとうございます」
日和は座らず、俺と綾乃先輩を見比べる。
「白石先輩。直哉のこと、好きですか?」
最初から直球だった。
「篠宮さん、座らない?」
「座ったら、聞けなくなりそうなので」
「そっか」
綾乃先輩も椅子へ座らなかった。
「たぶん、好き」
日和の指が制服の裾を握る。
「たぶん?」
「自分の気持ちを、誰かの面影や助けてもらった感謝と間違えたくないから。最後まで考えてるところ」
「直哉に、昔の私を重ねられてたからですか」
「それだけじゃない。でも、それもある」
綾乃先輩は日和から目を逸らさなかった。
「篠宮さんは、嫌?」
「嫌です」
返事は早かった。
「すごく嫌。白石先輩が悪い人じゃないって知ってるから、もっと嫌です」
「日和」
「綺麗に話すつもりないもん」
日和は一度、俺を睨む。
「私、白石先輩が走れるように放送を引き受けたことは後悔してません。でも、あのとき直哉が先輩を見てたのは、今でも嫉妬してます」
「うん」
「先輩が直哉を待ってたことも、直哉がそれを嬉しいと思ったかもしれないことも嫌」
「そこまで言ってないぞ」
「可能性の話」
日和は俺を黙らせ、綾乃先輩へ向き直る。
「でも、好きになるなとは言いません」
「どうして?」
「私が決めることじゃないから」
美緒と向き合ったときに得た答えを、今度は自分から守った。
「白石先輩の気持ちは、先輩のものです。直哉の気持ちは、直哉のもの」
「篠宮さんの気持ちは?」
「私のものです」
日和は胸を張る。
「だから、私は直哉を譲りません」
「日和、俺は物じゃない」
「分かってる。言い方です」
「高瀬にも同じことを言っただろ」
「今それ言う?」
日和が頬を膨らませる。
綾乃先輩が堪えきれず笑った。
「篠宮さんは、思ってたより強いね」
「強くないです。先輩が怖いです」
「私が?」
日和の表情から、怒りが少し引く。
「白石先輩は、昔の私に似てるって直哉が言ったんです」
「相沢君から聞いた」
「昔の私は、お姉ちゃんの振る舞いを借りてた。先輩は、お姉ちゃんが生きてたら同じ年齢でもある」
日和は指先を強く握る。
「直哉が白石先輩を見ると、また私じゃない誰かを好きになる気がする」
「日和」
「直哉は今、違うって言うと思う。でも怖いものは怖い」
自分の弱さまで、明るさで隠さなかった。
綾乃先輩が静かに答える。
「私も怖かったよ」
「先輩も?」
「相沢君が私を見ながら、二人分の影を見てたと知ったから。私が好きになったとしても、その気持ちの始まりまで偽物にされるんじゃないかと思った」
「偽物じゃないです」
日和がすぐに言った。
綾乃先輩が目を見開く。
「直哉が間違えたことと、白石先輩が何を感じたかは別です。そこまで直哉のせいにしたら、先輩も自分の気持ちを直哉に決めさせることになる」
「篠宮さん、私を応援してる?」
「してません」
日和は即答した。
「恋敵へ助言したみたいで、今すごく後悔してます」
綾乃先輩がまた笑う。
日和も、悔しそうに笑った。
二人は似ていなかった。
綾乃先輩は迷いを言葉へ出すまで時間をかける。日和は迷ったままでも前へ出て、言ってから後悔する。
一緒にいればいるほど、違いは増えていく。
「相沢君」
綾乃先輩が俺を見る。
「今、私を誰かに重ねた?」
「いいえ」
「即答だね」
「二人が全然違う話し方をしてたので」
日和が満足そうにうなずく。
綾乃先輩も、少しだけ肩の力を抜いた。
「篠宮さん。私、自分の答えが出たら相沢君へ伝える」
「はい」
「止めないんだ」
「止めても言うでしょ」
「言うと思う」
「なら、私も逃げません」
日和は俺の隣へ並んだ。
「直哉。ちゃんと自分で答えてね」
「言われなくても分かってる」
「分かってる人は、前に勝手に先輩から離れません」
「それは反省してる」
「ならよし」
同じ人を好きになった二人は、仲良くなる約束も、譲り合う約束もしなかった。
ただ互いを誰かの代わりにせず、自分の気持ちを自分で持つことだけを決めた。




