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俺を振った幼馴染が、転校先で「初めまして」と笑っていた  作者: 楽五郎


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35/42

35話 待っていた理由に、名前がついた

美緒は普段通りに学校へ来た。

教室では必要な会話をする。誰かに声をかけられれば答える。それでも、俺と日和の近くへは来なかった。


昼休みも別の友人と食べ、放課後になると一人で帰る。

明るさをなくしたわけではない。

俺たちへ向ける分だけ、自分で止めているのだと分かった。

日和も追いかけなかった。


「今は、あれでいいの」


そう言いながら、美緒が笑うたび少しだけそちらを見る。

二人の友情は、元へ戻らないまま残っていた。


     ◇


図書委員の日、綾乃先輩は俺の顔を見るなり言った。


「今日は仕事を半分にする」


「俺の体調は悪くないですよ」


「顔の話じゃないよ。返却台を見て」


振り返る。


返却された本は、いつもの半分ほどしかなかった。


「本当に仕事が半分ですね」


「相沢君、疲れてると冗談が通じなくなるんだ」


綾乃先輩が小さく笑う。


「クラスで何かあった?」


「どうして分かるんですか」


「委員長だから、は便利すぎるかな」


先輩はカウンターへ手を置く。


「いつもなら、入ってきたときに時計を見る。今日は一度も見なかったから」


「それだけで?」


「ほかにもあるけど、全部言うと観察しすぎてるみたいで嫌でしょ」


美緒のことを思い出し、返事が遅れた。


綾乃先輩はすぐに察する。


「ごめん。今の、嫌だったね」


「先輩が悪いわけじゃありません」


「でも、相沢君が嫌だと思ったなら止める」


その違いが、今はよく分かった。


相手を見ることと、相手の境界を越えることは同じではない。


「クラスメイトに、好きだと言われました」


綾乃先輩の指が動く。


「篠宮さんではなくて?」


「はい」


「高瀬さん?」


答えずにいると、先輩が苦笑した。


「今ので聞いたことにしないで。本人の話だから」


「すみません」


「謝るのは私。どう答えたかだけ、聞いてもいい?」


「日和が好きだから、応えられないと伝えました」


綾乃先輩は目を伏せた。


「そっか」


それ以上聞かなかった。


仕事へ戻り、返却台の本を分ける。先輩はいつもどおり指示を出し、一年生の間違いを直した。


ただ、俺と目が合う回数だけが減った。


     ◇


閉館後、自動販売機へ寄った。


綾乃先輩は硬貨を入れたまま、飲み物を選ばない。


「今日は長いですね」


「今、急かした?」


「いつも急かすなと言われるので、確認です」


「学習したんだ」


先輩は桃とミルクティーの間で迷い、結局どちらも押さなかった。


「相沢君。前に、私が待ってた理由を覚えてる?」


「俺が当番へ来るか確かめたかった」


「どうして、来てほしかったと思う?」


「俺に聞くんですか」


「自分の答えはある。でも、口にすると戻れなくなるから」


綾乃先輩はボタンから手を離す。


「高瀬さんに告白されたと聞いて、最初に何を思ったか分かる?」


「分かりません」


「よかった、って思った」


意外な答えだった。


「どうしてですか」


「相沢君が断ったから」


綾乃先輩は自分で言い、苦しそうに笑った。


「そのあと、そんなことを喜ぶ自分が嫌になった。高瀬さんが傷ついたのに、私にはまだ可能性が残ってるって考えたから」


「先輩」


「体育祭で走れたときは、感謝だと思ってた。急に避けられて腹が立ったのは、勝手に決められたからだと思ってた」


一つずつ、自分の感情を確かめるように話す。


「篠宮さんが迎えに来たとき、早く帰してあげたいと思った。でも本当は、来なければよかったのにって思った」


あの日、綾乃先輩が戸締まりを急いだ理由を、ようやく知った。


「私は、人のことなら決められる。誰が何をすれば仕事が進むか、誰へ声をかければ困らないか」


先輩は自動販売機の明かりを見つめる。


「自分のことになると、飲み物一つでも迷う。相沢君のことは、もっと決めたくなかった」


「決めなくてもいいんじゃないですか」


「それは、待ってほしいって意味?」


言葉に詰まる。


綾乃先輩は俺の顔を見て、首を横へ振った。


「違うね。相沢君は篠宮さんが好きだから、私に待ってほしいとは言わない」


「はい」


「ちゃんと答えるんだ」


「曖昧にしたくないので」


「まだ、何も言ってないのに」


「すみません」


「だから謝らないで」


綾乃先輩は笑った。

悲しさを隠す笑顔ではなかった。自分の迷いに呆れているような、人間らしい笑い方だった。


「今、分かった」


「何がですか」


「相沢君が来てほしかった理由。篠宮さんに迎えに来てほしくなかった理由。高瀬さんを断ったと聞いて、ほっとした理由」


硬貨を戻すレバーへ手を掛ける。

今日は何も買わないまま、硬貨を取り出した。


「全部、同じだった」


「白石先輩」


「今日は言わない」


綾乃先輩がこちらを見る。


「感謝と、誰かの面影と、自分の気持ちを、もう少しだけ分けたい」


「俺は何をすればいいですか」


「何もしないで。私の答えだから」


今度は迷わず言った。


「ただ、次の当番にも来て」


「来ます」


「その返事だけで十分」


先輩は自動販売機へ背を向ける。

待っていた理由には、もう名前がついていた。

それを俺へ渡す時期だけを、綾乃先輩は自分で選ぼうとしていた。


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