33話 私なら、直哉を捨てない
「俺は、日和が好きだ」
迷わず答えた。
美緒の唇が強く結ばれる。
「高瀬の気持ちには応えられない」
「今は、でしょ?」
「今も、これからを約束するつもりもない」
「どうして、そこまで決めるの?」
「期待させたままそばに置くほうが、残酷だからだ」
美緒は涙を手の甲で拭う。
「私は、そばにいたいよ」
「友達としてなら、いつか話せるかもしれない。でも今のまま二人でいるのは無理だ」
「友達じゃ足りない」
「なら、なおさら距離が必要だ」
「相沢君が決めないで」
聞いたことのある言葉だった。
綾乃先輩にも、自分の気持ちまで決めるなと言われた。
だが、同じではない。
「高瀬が俺を好きでいるかは、高瀬が決めればいい。俺が高瀬とどう関わるかは、俺も決める」
美緒は言葉を失う。
「高瀬の気持ちを消せとは言わない。でも俺の返事を、勝手に途中へ変えないでくれ」
「途中だよ」
小さな声だった。
「日和と付き合ってない。日和がまた振るかもしれない。相沢君が、私を好きになることだってあるかもしれない」
「その可能性を理由に、今日の答えを聞かなかったことにするな」
「嫌だ」
美緒が一歩近づく。
「日和は、相沢君の告白を一回で受け取らなかった。だったら私だって、一回で諦めなくていいでしょ」
「日和と同じにするな」
「日和だけ特別にするから、同じにならないんだよ」
「最初から同じ人じゃない」
美緒の目が揺れる。
言い方を間違えたかもしれない。
それでも、ここで優しく言い直して希望を残すことはできなかった。
「高瀬には、高瀬の好きなところがある。明るくて、誰とでも話せて、旗を作るときは細かいところまで妥協しない」
「じゃあ――」
「でも、恋人になりたいとは思わない」
美緒の期待を、最後まで言わせずに断つ。
「日和を好きだから?」
「それもある。今の高瀬が、俺を好きになるために自分も周りも壊してるからでもある」
美緒の顔から涙が落ちる。
「私が普通だったら、好きになってくれた?」
「もしもの答えで待たせない」
「ずるい」
「そうかもしれない」
「私を見つけたくせに」
「見つけたら、好きにならないといけないのか?」
美緒は首を横へ振る。
「違う。でも、最後まで見ててよ」
「見てる。だから止めてる」
「止めないで」
「日和の端末を触ったことも、家の近くで待ったことも、俺が嫌だと言ったあと予定を合わせたことも、好きだからで済ませられない」
一つずつ口にするたび、美緒の表情が崩れていく。
「高瀬が今ほしいのは、俺じゃない。自分だけを見て、絶対に離れない誰かだ」
「相沢君だよ」
「俺は、そうならない」
「なるよ。私なら大事にできる」
「俺が日和を好きでも?」
「忘れさせる」
「忘れたくない」
美緒が息を止めた。
「日和に振られて苦しかったことも、今の日和を知りたいと思ったことも、綾乃先輩と話して自分の見方を疑ったことも、俺の一部だ。高瀬に都合のいい俺へ変えられたくない」
「そんなつもりじゃ」
「でも、そうしようとしてる」
言葉が途切れる。
美緒は机へ手をつき、顔を伏せた。
「私なら、直哉を捨てないのに」
初めて、名字でも君付けでもなく名前を呼んだ。
「日和みたいに、好きなのに振ったりしない。理由を隠して一人にしない。直哉が私を嫌いでも、私は絶対にいなくならない」
「それは、捨てないんじゃない」
美緒が顔を上げる。
「俺が離れたいと言っても離さないってことだろ」
「だって、離れたら後悔するから」
「それも俺が決める」
美緒は扉の前へ移動した。
通り道を塞ぐように立つ。
「日和のところへ行かないで」
「退いてくれ」
「今日だけでいい」
「今日、嘘をついた高瀬を選んだら、嘘をつけば俺が残ると思わせる」
「もう嘘はつかない」
「今、俺の答えを聞かないことにしてる」
美緒の肩が震える。
「退いてくれ」
二度目に言うと、美緒はゆっくり横へずれた。
扉へ手を掛ける。
「高瀬。今日は一人で帰るな。家族か、信頼できる人に連絡してくれ」
「直哉がいて」
「それはできない」
「じゃあ、誰にも連絡しない」
「脅すな」
「脅してない。直哉じゃなきゃ意味ない」
「その考えを変えるために、俺以外を頼ってくれ」
俺は廊下へ出た。
扉は閉めなかった。
少し離れた場所から担任へ、美緒が教室で泣いていて一人にしないほうがいいと伝えた。理由までは話さなかった。
担任が教室へ向かうのを見届けてから、学校を出る。
◇
家へ着くまでに、美緒から十三件のメッセージが届いた。
『さっきはごめん』
『もう嘘つかない』
『日和の端末にも触らない』
『家の前でも待たない』
『だから嫌いにならないで』
『返事して』
『直哉』
最後には、名前だけが並んでいた。
返信はしなかった。
既読をつけることすら、美緒には答えになる気がした。
廊下から、母さんが声をかけてきた。
「直哉。入院していた頃の物をまとめた箱が、倉庫で見つかったって。送ってもらうから、もう少し待ってね」
「分かった」
返事をしている間にも、机の上でスマートフォンが震えた。
俺が断ったことを、美緒はまだ失恋として受け取っていなかった。




