31話 そのメッセージ、私は送ってない
翌朝、美緒はいつもと同じ顔で教室へ入ってきた。
「おはよう、相沢君」
「おはよう」
返事をすると、少し安心したように笑う。
日和にも声をかけた。
「日和、おはよう」
日和は美緒を見た。
「放課後、昨日の教室で話したい」
挨拶には答えなかった。
美緒の笑顔が止まる。
「相沢君も?」
「三人で」
「分かった」
美緒は自分の席へ向かう。
その背中を、日和は最後まで見ていた。
「直哉。昨日の画面、残ってる?」
「消してない」
「そっか」
日和は前を向く。
机の下で握った拳だけが、怒りを隠していなかった。
◇
放課後、昨日クラス旗を畳んだ教室へ三人で残った。
ほかの生徒が出ていくまで、誰も口を開かなかった。
最後の扉が閉まる。
日和は自分のスマートフォンを机へ置いた。
「美緒。昨日、私が職員室へ行ってる間、この端末を触った?」
「写真を見てたから、机にはあったよ」
「触ったか聞いてる」
日和の声が強くなる。
美緒は俺を見た。
「何かあったの?」
俺は昨日届いた、先に帰るよう促すメッセージを開き、美緒へ見せる。
「この返事、日和は送ってない」
美緒は画面を見つめる。
「じゃあ、誰かに触られたのかな」
「教室には、美緒しかいなかった」
日和の声が震えた。
「私、美緒が送ったんじゃないって言ってほしい」
「日和」
「でも、ほかに誰もいない。だから美緒の口から聞きたい」
美緒は何も言わない。
「送ったの?」
長い沈黙のあと、美緒が椅子へ座った。
「一回だけ」
「送ったのが一回でも、嘘はそれだけじゃない」
美緒が俺を見る。
「教室の前で、日和は一度戻ってきたって言っただろ。あれも嘘だった」
日和の息が止まる。
「直哉から通知が来て、画面が開いたままだった。日和が戻ってきたら、直哉と二人で私の話をするって分かった」
「だから、私のふりをしたの?」
「少しだけ、相沢君と一緒にいたかった」
「私の名前を使って?」
「返事をしただけだよ」
「返事をしただけじゃない!」
日和が机を叩いた。
美緒の肩が跳ねる。
「私の言葉みたいに直哉へ嘘をついて、送った記録まで消して、直哉の前でも嘘を重ねた。私が何を考えてるか、直哉がどう受け取るか、全部勝手に決めたんだよ」
「日和だって、相沢君に初対面だって嘘をつかせた」
「だから、私と同じことをしていいと思った?」
「違う」
「じゃあ何?」
「日和には、ずっとあったから」
美緒が立ち上がる。
「昔の相沢君も、今の相沢君も、これから話す約束も。私には何もない。一回くらい、私が相沢君との時間を作ってもいいと思った」
「それは、直哉が選んだ時間じゃない」
日和が即座に言う。
美緒が俺を見る。
「昨日、私と話したの、嫌だった?」
「話したこと自体を嫌だったとは言わない」
美緒の目に、わずかな期待が戻る。
「でも、日和が送ったと思ったから残った。最初から高瀬が嘘をついたと知ってたら、一緒には行かなかった」
「どうして?」
「俺の選択を奪ったからだ」
「旗を運ぶのは必要だったよ」
「必要なことを使って、二人きりを作っただろ」
美緒の唇が震える。
「相沢君に嫌われたくなかった」
「なら、どうして嘘をついた」
「止められなかったの!」
初めて、美緒が声を荒らげた。
「通知に相沢君の名前が出て、日和だけに話したいって書いてあって、そのまま二人で帰るって思ったら、手が動いてた。駄目だって分かってたのに、送ったら相沢君が私のところへ来てくれるって思った」
呼吸を整えられず、美緒は胸元を押さえる。
「本当に来てくれた。私の話を聞いてくれた。あのときは、嘘をついてよかったって思った」
日和の目から涙が落ちた。
「それを、私に言うんだ」
「日和には分からないよ」
「分からない。分かりたくもない」
日和は涙を拭う。
「私は、美緒が直哉を好きでも友達でいたかった。嫉妬するし、譲る気もないけど、美緒の気持ちを嘘にしたくなかった」
「私は、日和と友達のままじゃ相沢君を好きになれない」
美緒の声が静かになる。
「日和の顔を見るたび、日和のほうが相沢君を知ってるって思う。笑って話を聞くなんて、もう無理だよ」
「そっか」
日和はうなずいた。
「じゃあ、今は友達に戻れない」
美緒の目が揺れる。
「私も、美緒を信じられない。端末も、直哉との約束も、もう預けられない」
「日和」
「それでも、美緒をみんなの前で責めたりしない。直哉を使って仕返しもしない」
日和は自分の鞄を持った。
「でも、なかったことにはしないから」
教室を出ようとする。
美緒が背中へ声をぶつけた。
「日和が相沢君を振ったんでしょ!」
日和の足が止まる。
「だったら、私が好きになってもいいじゃん」
振り返った日和の顔には、涙と怒りの両方があった。
「好きになるのは、美緒の自由だよ」
日和は一度、俺を見た。
「でも、直哉は誰のものでもない。私が振ったから空いた席じゃない」
そのまま教室を出ていった。
美緒は追わなかった。
俺もすぐには動けなかった。
机の上では、日和の端末だけが消えた画面をこちらへ向けていた。




