29話 偶然を三回、作った
翌日の金曜日、美緒は俺の家の前にいなかった。
答えなかった質問は、それで終わったと思った。
次の月曜日、家を出ると美緒が電柱の横に立っていた。
「おはよう、相沢君」
「どうしてここにいる?」
「駅へ行く途中」
「高瀬の家、この道じゃないだろ」
「今日はこっちから行きたい気分だったの」
美緒は当然のように隣へ並んだ。
「何時から待ってた?」
「今来たところ」
「その台詞、本当に使う奴いるんだな」
「相沢君が八時五分に家を出るの、知ってたから」
偶然ではなかった。
「あのメッセージには、時間を答えてないぞ」
「前に話してた時間から逆算したんだよ」
美緒は得意そうに言い、鞄から温かい缶コーヒーを出した。
「はい」
「俺、朝はコーヒーを飲まないんだ」
「そうなの?」
「牛乳か水」
美緒の手が止まる。
「日和は知ってる?」
「たぶん」
「じゃあ、明日は牛乳にする」
「明日も待つつもりか?」
「嫌なの?」
まっすぐ聞かれ、返事に困る。
「待つなら、先に言ってくれ。家の前で誰かが待ってると思わないだろ」
「分かった。次は言うね」
美緒は缶コーヒーを自分で開けた。
苦かったのか、一口で顔をしかめる。
「無理して飲むなよ」
「それ、心配してくれてるの?」
注意したつもりだったが、美緒は嬉しそうに笑った。
◇
昼休み、購買へ行くと焼きそばパンは売り切れていた。
教室へ戻ると、俺の机に一つ置かれている。
「高瀬か?」
「うん。売り切れると思って、二個買った」
美緒が隣の席から振り返る。
「朝は一緒に学校へ来られたし、お昼も同じもの。今日、偶然が多いね」
悪びれずに笑う。
そこへ日和が弁当を持ってきた。
「美緒、朝も直哉と一緒だったの?」
学校で初対面のふりをやめてから、日和は教室でも俺を名前で呼ぶようになっていた。
「うん。たまたま会ったから」
「どこで?」
「相沢君の家の近く」
日和が美緒を見る。
「それは、会ったんじゃなくて待ってたんじゃない?」
「日和には関係ないよ」
「ある。美緒が友達だから」
「今は戻りたくないって言ったよね」
「美緒が私を友達だと思えなくても、私は気にする」
日和は椅子を引き、俺の向かいへ座った。
「直哉も、嫌なことは嫌って言って。美緒が傷ついてるからって、全部付き合わなくていい」
「日和は、相沢君の保護者なの?」
「幼馴染だよ」
「振ったのにそこまで仲良くする?」
日和の箸を持つ手が止まる。
美緒も、言ったあとで目を伏せた。
「ごめん…いじわるなこと言った」
「ううん。本当のことだから」
日和は逃げなかった。
「でも、振ったから何も言えないとは思わない。私、直哉が好きだもん」
「私は、まだ言ってないよ」
「言葉にしてないだけでしょ」
二人の視線がぶつかる。
「高瀬」
呼ぶと、美緒が俺を見る。
「私、怖いことしちゃったかな?」
「怖いというより、困る」
美緒の笑顔が薄くなる。
「ごめん…」
返事は素直だった。
だが、机の下で握った手は震えていた。
◇
放課後、職員室へ書類を届けた帰りに昇降口を通ると、美緒がいた。
「また待ってたのか?」
「違うよ。これから帰るところ」
「今日は図書委員じゃないぞ」
「知ってる。だから、この時間に通ると思ったんだ」
三回目だった。
「高瀬。それを偶然とは言わない」
「偶然じゃなくても、一緒に帰れたら同じでしょ」
「同じじゃない。俺が知らないところで予定を合わせられるのは、落ち着かない」
美緒は鞄の持ち手を握る。
「相沢君が嫌がること、したくないよ」
「なら、やめてくれ」
「でも、何もしなかったら負けちゃう、日和のことろに戻っちゃう」
初めて、日和への焦りを隠さなかった。
「俺は物じゃない。誰かのところへ戻るとか、取られるとかで決めるな」
「分かってる」
「分かってないから言ってるんだよ」
美緒はしばらく黙り、やがて小さくうなずいた。
「ごめんね。今日は一人で帰る」
俺の横を通り過ぎる。
追いかけずに見送ると、少し先で日和が立っていた。
「聞いてたのか」
「途中からね…」
日和は美緒の背中を見つめる。
「私、美緒を追い詰めてるのかな」
「日和が隠してたことは原因の一つだ。でも、今の行動まで日和のせいにはできない」
「分かってる。でも友達だったから、止めたいんだ」
日和が苦い顔で笑う。
「明日、もう一度話す。謝るためじゃなくて、美緒の今の気持ちを聞く」
「俺もいたほうがいいか?」
「最初は二人で話す。直哉がいると、美緒は直哉に見せたい顔を選ぶから」
日和は自分から決めた。
◇
翌日の放課後、日和と美緒は体育祭の旗を畳むため、教室に残った。
俺は日和から「終わったら話したい」と言われ、先に廊下で待つことにした。
教室の中では、二人の声がときどき聞こえる。
内容までは分からない。
少しして、担任が日和を呼びに来た。
「篠宮、体育祭の会計確認。職員室まで来てくれ」
「はい。美緒、ちょっと待ってて」
日和が教室から出てくる。
「直哉も、もう少し待って」
「分かった」
日和はスマートフォンを机に置いたまま、急いで職員室へ向かった。
待ちながら日和へメッセージを送る。
『終わったら、美緒のことで話せるか』
教室の中で、短い通知音が鳴った。
日和が戻るまで時間がかかりそうだった。飲み物を買うため、俺はいったん一階へ下りた。




