27話 幼馴染だったなんて、聞いてない
「幼馴染って、いつから?」
美緒が日和と俺を交互に見る。
教室中の視線が集まっていた。
「小学校に上がる前から」
日和が答える。
「それ、幼馴染の中でも長いやつじゃん」
「うん」
「初対面って言ってたよね?」
「言った」
日和は言い訳をせず、美緒の視線を受け止めた。
「どうして?」
「ちゃんと話す。だから今は――」
「私だけ知らなかったの?」
美緒の声から、いつもの明るさが消えた。
綾乃先輩と榊原先輩は知っている。航平も、俺から聞いている。
教室で日和に最も近かった美緒だけが、何も知らなかった。
「ごめん」
日和が頭を下げる。
始業の鐘が鳴り、担任が教室へ入ってきた。
「昼休みに話す」
「分かった」
美緒は笑わなかった。
自分の席へ戻り、授業が始まっても、一度もこちらを見なかった。
◇
昼休み、俺たちは最上階の階段へ来た。
日和が話し始める前に、美緒が一段上へ座る。
「相沢君もいて」
「二人で話したほうがいいなら、俺は――」
「いてほしい。二人で決めた嘘でしょ」
逃げる理由はなかった。
俺は手すりの横へ立ち、日和は美緒の正面へ立った。
「学校で初対面のふりをしようって言ったのは、私」
日和が話す。
「直哉は嫌がったけど、私に付き合ってくれた」
「どうして、そんなことしたの?」
「昔と同じ関係のまま会いたくなかったから。直哉に、今の私を最初から知ってほしかった」
「昔の日和は、今と違ったの?」
「話し方とか、感情の出し方がね」
琴葉の名前は出さなかった。
美緒は日和の顔を見つめ、次に俺を見た。
「相沢君は、昔の日和が好きだったの?」
「好きだった。今も好きだ」
隠す必要はなかった。
美緒の指が、膝の上で強く組まれる。
「告白した?」
日和が息を止めた。
「した」
「いつ?」
「引っ越す前」
「日和は?」
「断った」
美緒の目が大きくなる。
「何で?」
「それは、まだ言えない」
「私にも?」
「家族のことが関わるから。直哉にも全部は話してない」
日和は目を逸らさなかった。
「いつか話せるようになったら、私から話す。今はごめん」
美緒はしばらく黙り、やがて乾いた笑いを漏らした。
「すごいね。聞くたびに、知らないことが増える」
「美緒」
「幼馴染で、告白されて、振って、それでも同じ学校に来たんだ」
「うん」
「私、日和に相談しようと思ってた」
日和の肩が動く。
「誰かを好きになったかもしれないって。変な顔をしないで話せるようになったら、一番に言おうと思ってた」
美緒は自分の手元へ視線を落とす。
「でも日和は、私が話す相手のことをずっと知ってたんだね」
「ごめん」
「謝られたら、怒りにくいじゃん」
美緒が顔を上げた。
目の縁は赤いのに、涙は落ちなかった。
「今は、日和のこと嫌い」
「分かった」
日和は受け止めた。
「でも、美緒が私を嫌いでも、私が美緒を大事だと思ってることは変えない」
「そういうの、今言わないでよ」
「今だから言うの」
日和の声も震えていた。
それでも、いつものように気持ちを隠して相手を安心させようとはしない。
「私、直哉が好き。美緒のことも大事。どっちも嘘にしない」
美緒が立ち上がる。
「日和って、欲張りだね」
「うん。今の私は、かなり欲張り」
「じゃあ私も、欲張っていいよね」
美緒は俺の前まで下りてきた。
「相沢君。日和との約束があったから、私に言えなかった?」
「そうだ」
「私が何度聞いても?」
「高瀬に直接、幼馴染かと聞かれたことはない」
「聞かなかった私が悪いの?」
「違う。嘘をついたのは俺たちだ」
「じゃあ、これからは私が聞いたら答えてくれる?」
すぐに返事ができなかった。
日和との過去には、琴葉や手術の記憶もある。俺だけの判断で話せないこともあった。
「答えられることなら」
「答えられないことは、日和が決める?」
「家族の話なら、そうなる」
美緒は唇を噛んだ。
「やっぱり、日和が先なんだ」
「順番の話じゃない」
「私には順番だよ」
美緒は階段を下りる。
日和が追いかけようとしたが、美緒は振り返らず手を上げた。
「今日は一人にして」
足音が遠ざかる。
日和はその場へ立ったまま、追わなかった。
「美緒、本当に直哉を好きになったんだね」
「いつからだ」
「直哉が見つけたときから」
日和は悔しそうに、それでもはっきり言った。
「あの子、自分でもまだ止め方が分からないくらい、好きになってる」




