24話 私の気持ちまで、決めないで
翌朝、綾乃先輩へメッセージを送った。
『昨日はすみませんでした。理由を全部話します』
返事が来たのは、昼休みが終わる直前だった。
『放課後、自動販売機の前で待ってる』
許すとも、もう話したくないとも書かれていない。
それでも、話す場所を選んでくれたことに少しだけ救われた。
◇
放課後、自動販売機の前には綾乃先輩が先に立っていた。
「今日は遅くなかったね」
「待たせたら、もっと怒られそうだったので」
「私、そんなに怖い?」
「昨日は少し」
綾乃先輩が眉を上げる。
「まだ怒ってるからね」
「はい」
「そこで素直になるの、ずるくない?」
冗談を返せる程度には、話を聞くつもりでいてくれるらしい。
先輩は自動販売機へ寄りかからず、俺の正面へ立った。
「それで、理由は?」
遠回りをせずに聞かれた。
「最初に白石先輩と会ったとき、昔の日和を思い出しました」
綾乃先輩は驚かなかった。
「榊原君から、少しだけ聞いた。私に誰かを重ねてたって」
「昔の日和は、今より落ち着いた話し方をしてたんです。周りを見て、必要になる前に手を貸すことも多かった。俺は、それが日和の本当の性格だと思ってました」
「違ったの?」
「日和には、琴葉という姉がいました」
口にすると、胸の奥が重くなる。
「俺と日和より一つ年上で、俺たちが六歳のときに亡くなっています」
綾乃先輩の表情が変わる。
「一つ上……」
「生きていたら、白石先輩と同じ学年です」
そこまで言って、俺自身も初めて年齢の重なりをはっきり意識した。
綾乃先輩は視線を落とす。
「昔の篠宮さんは、そのお姉さんの真似をしてたの?」
「話し方や、感情の見せ方を借りてたそうです。日和本人の行動まで、全部別人だったわけじゃありません。でも、俺が懐かしいと思った落ち着きには、琴葉の影響があった」
「それで、私から離れようと思ったんだ」
「先輩と一緒にいると安心した理由が、俺にも分からなくなったからです。先輩を見てるつもりで、昔の日和を見て、その奥に亡くなった琴葉まで探してたなら――」
「二人分なんだね」
綾乃先輩が遮った。
声は穏やかだったが、笑ってはいない。
「相沢君は私を見ながら、昔の篠宮さんを思い出した。その篠宮さんも、お姉さんの振る舞いを借りていた」
「はい」
「しかも私は、そのお姉さんが生きていたら同じ年齢」
否定できなかった。
綾乃先輩は目を閉じ、ゆっくり息を吐く。
「正直に言うね。思ってたより、嫌だった」
「すみません」
「謝ってほしいけど、謝られるだけなのも嫌」
「じゃあ、どうすれば」
「それを私に考えさせるの?」
言われて、口を閉じる。
先輩は少しだけ困った顔になった。
「ごめん。意地悪を言った」
「先輩が謝らなくていいです」
「怒ってると、私もちゃんと意地悪になるんだよ」
初めて見る顔だった。
俺が何も言わずにいると、綾乃先輩が自動販売機へ硬貨を入れた。
「相沢君。今日は何がいいと思う?」
並んだ飲み物を見る。
以前と同じ桃のジュースがある。
「先輩が決めてください」
「うん。今日は、その答えで正解」
綾乃先輩は桃とミルクティーの間で指を止めた。
迷った末に、桃のボタンを押す。
落ちてきた缶を拾い、しばらく見つめた。
「体育祭のあとに飲んだら、おいしかったから。今日は自分でこれにした」
「それは、俺が会ってから知った先輩です」
思わず言うと、綾乃先輩が顔を上げた。
「飲み物をなかなか決められないことも、走るのが好きなことも、負けると悔しいのに走れたら笑うことも。日和とも琴葉とも関係ない」
「だったら、どうして離れたの?」
「最初が間違ってたら、そのあとも全部間違いになると思ったからです」
「私は、そう思ってない」
即答だった。
「最初に誰を重ねたかは、なかったことにしないで。私も忘れない。でも、そのあと私が相沢君へ話したことまで、死んだ人のものにしないで」
「しません」
「昨日は、したよ。私に何も聞かず、全部なかったことにしようとした」
言葉が胸へ刺さる。
「もうしません」
「簡単に約束しないで。相沢君、自分で正しいと思うと急に頑固になるから」
「それは否定できません」
綾乃先輩は缶を開け、一口飲んだ。
「私はまだ、自分が相沢君をどう思ってるのか、うまく決められない」
図書委員長として指示を出すときにはない、迷いが声に表れていた。
「体育祭で、私の答えを待ってくれたことは嬉しかった。昨日、急にいなくなろうとされて、思ってたよりずっと腹が立った」
「はい」
「それが何なのか、私が考える」
先輩は桃の缶を胸元で持ち、俺を見た。
「相沢君が、私のために先回りして決めないで」
「分かりました」
「次の当番、来てね」
「もちろんです」
「そこでまた急に敬語だけの後輩へ戻ったら、今度は本当に追い出すから」
「どうすればいいんですか」
「それくらいは自分で考えて」
ようやく、綾乃先輩が少し笑った。
関係は元へ戻っていない。
戻すのではなく、誰の影もなかったことにせず、その先を二人で確かめることになった。




