23話 離れたほうがいいと、勝手に決めた
翌日の図書室には、体育祭で使った案内板が積まれていた。
「倉庫へ戻す前に、テープだけ剥がしてほしいんだって」
綾乃先輩が板を一枚、作業台へ置く。
「分かりました」
「半分ずつやろうか」
「俺が全部やります。先輩は委員長の仕事をしてください」
綾乃先輩の手が止まった。
「それだと、一人で大変じゃない?」
「これくらいなら平気です」
同じような言葉を、以前の俺なら断る理由にしなかった。
先輩の手が空いているなら、二人でやるほうが早い。それが綾乃先輩の考え方だと知っていたからだ。
今日は、必要以上に近くへ来てほしくなかった。
「そっか。じゃあ、任せるね」
綾乃先輩は何も聞かず、カウンターへ戻った。
案内板からテープを剥がす。
途中で破れ、爪の先に粘着部分が残った。
いつもなら綾乃先輩が小さな剥離剤の場所を教えてくれる。
けれど俺は呼ばず、指で何度も擦った。
◇
閉館まで、会話は仕事の確認だけだった。
「窓、閉めました」
「ありがとう」
「返却台も空です」
「うん。今日はもう大丈夫」
鍵を持った綾乃先輩の横を通り、先に図書室を出ようとする。
「相沢君」
呼び止められた。
「体育祭のお礼、まだしてなかったよね。飲み物くらい、ご馳走させて」
「礼なら、もう言ってもらいました」
「でも、私がしたいの」
以前なら、その言葉を尊重したはずだった。
「すみません。今日は早く帰ります」
綾乃先輩の笑顔が消える。
「今日だけ?」
返事ができなかった。
「朝から変だったよ。私、何かした?」
「先輩は何もしてません」
「なら、どうして急に避けるの?」
まっすぐ聞かれ、逃げ道がなくなる。
「少し、距離を置いたほうがいいと思ったんです」
「誰が?」
「俺が」
「相沢君一人で?」
綾乃先輩が鍵を強く握る。
「理由は、今は言えません」
「言えないけど、私には離れられても仕方ないと思ってほしいの?」
「そうじゃなくて、先輩を傷つけたくないから」
口にした途端、それが一番間違った答えだと分かった。
「もう傷ついてるよ」
綾乃先輩は笑わなかった。
「体育祭の前、私がどうしたいか聞いてくれたよね。答えまで勝手に決めなかった」
「覚えてます」
「なのに今度は、私のためだって言いながら、私に何も聞かないんだ」
言い返せない。
綾乃先輩は鍵をカウンターへ戻し、鞄を持った。
「戸締まりは先生に頼む。今日は相沢君と帰りたくない」
「白石先輩」
「こないで」
綾乃先輩は扉へ手を掛けたところで、一度だけ振り返った。
「私がどう思うかまで、相沢君が決めないで」
先輩は自分で扉を開け、出ていった。
静かになった図書室で、剥がし損ねたテープだけが机の端から垂れている。
正しい距離を選んだつもりだった。
けれど俺がしたのは、綾乃先輩の答えを聞かずに関係を決めただけだ。




