22話 昔の私は、姉の真似をしていた
日和は、琴葉が最後に写っているページへ指を置いた。
「お姉ちゃんがいなくなってから、家の中が急に静かになったの」
声まで、いつもの勢いを失っていた。
「お母さんも、私の前では泣かなかった。直哉も、お姉ちゃんの話をしなくなった」
「俺も?」
「うん。遊びに来ても、前みたいに笑わなかった」
覚えていない。
琴葉が亡くなったあとの記憶は、途切れ途切れだった。
「それで、私がしっかりしなきゃって思った。お姉ちゃんみたいに話して、お姉ちゃんみたいに笑えば、みんな少しは安心するかなって」
日和が髪を耳へ掛ける。
ゆっくりした仕草は、昔よく見ていたものだった。
「最初は、話し方だけだった。すぐ怒らない。大声で笑わない。何かする前に、一度考える」
「それを十年も続けたのか」
「いつの間にか、やめ方が分からなくなったから」
日和は困ったように笑う。
「でも、後ろから直哉について歩いてたわけじゃないよ。朝は私が迎えに行ってたし、直哉が忘れ物をしたら届けた。喧嘩したときだって、仲直りしに行くのは大体私だったでしょ」
「そうだったな」
「私はずっと私だった。ただ、気持ちの見せ方だけ、お姉ちゃんから借りてたの」
落ち着いていた昔の日和を、俺は本当の日和だと思っていた。
今の明るさは、転校先で作った新しい性格だと決めつけた。
実際は逆だった。
「今の日和は、元に戻ったのか」
「それが一番近いかな」
日和はアルバムを閉じる。
「高校へ上がる頃には、もう苦しかったんだ。嬉しいときに大声で笑いたいし、腹が立ったら怒りたい。いつまで、お姉ちゃんの空いた場所を埋めようとしてるんだろうって」
「じゃあ、昔の日和は嘘だった?」
「違うよ」
返事はすぐに返ってきた。
「あの振る舞いを選んだのも私。直哉の世話を焼いてたのも、私がそうしたかったから」
日和が俺の額を指で軽く弾く。
「だから、昔の私まで嫌いにならないでね」
「嫌いになるわけないだろ」
「ならよし」
日和は満足そうにうなずいた。
その一言で、重くなっていた空気を自分から変える。
それが今の日和だった。
「転校して、姉の真似をやめた。それが『初めまして』につながるのか?」
日和は少し迷ってから、首を縦に振った。
「うん。でも、それは次にちゃんと話す」
「告白したとき?」
「約束したでしょ」
「分かった」
今度は急かさなかった。
日和も、逃げるために先延ばしをしているわけではない。
帰ろうと立ち上がると、日和が俺の袖をつかむ。
「直哉」
「何だ?」
「聞いても、前みたいに見てくれる?」
不安を誤魔化さない目だった。
「前と同じには見られない」
日和の指へ力が入る。
「でも、それは悪い意味じゃない。俺が知らなかった日和を、また一つ知ったから」
日和はしばらく俺を見たあと、袖から手を離した。
「そういう答え、急に出せるようになったね」
日和が怪しみながらも笑った。
◇
家へ帰ると、綾乃先輩からメッセージが届いていた。
『明日の当番、体育祭の片づけも少しあるけど大丈夫?』
いつもなら、仕事の内容を聞き返していた。
けれど今日は、返事を打つ指が止まる。
穏やかな声に安心したこと。
困る前に手を差し伸べられ、長く知っている相手の隣へ戻ったように感じたこと。
その安心感が、どこから来たものなのか分からなくなっていた。
『大丈夫ですよ』
それだけ返し、画面を閉じる。
綾乃先輩を傷つけたくない。
だから近づかないほうがいいのだと、そのときの俺は本気で思っていた。




