21話 三人でいた頃
日和の家へ入るのは、引っ越してきてから初めてだった。
「お母さんは、まだ仕事。先に上がってていいって」
日和がスリッパを出しながら言う。
「俺が来ること、話したのか?」
「直哉が、お姉ちゃんの話をしたいって言うから」
それまで明るく振る舞っていた日和の声が、少しだけ硬くなった。
居間の棚から、大きなアルバムを取り出す。
日和はテーブルへ置くと、向かいではなく俺の隣へ座った。
「どこまで思い出した?」
「忘れてたわけじゃない。琴葉がいたことも、三人で遊んでたことも覚えてる」
「うん」
「でも、病院に来てたことが記憶から抜けてた。昨日、写真を見つけたんだ」
日和の指が、アルバムの表紙をなぞる。
「私とお姉ちゃんが、病室にいた写真?」
「知ってるのか?」
「同じ日に撮った写真が、うちにもあるから」
日和がページを開く。
最初に出てきたのは、庭で三人が並んでいる写真だった。
琴葉は真ん中で穏やかに笑っている。
俺はその隣で、虫籠を持っていた。
日和は二人の後ろにある木へ登り、枝の上から顔だけを出している。
「お前、何してるんだよ」
「直哉が木に登れないって言うから、見本を見せてたの」
「見本が高すぎるだろ」
「このあと、お姉ちゃんに下りられなくなっても助けないよって言われました」
「結局どうした?」
「お姉ちゃんに助けてもらった」
日和が笑う。
写真を見ていると、そのときの声まで戻ってきた。
木へ登ろうと俺の腕を引く日和。
危ないから低い枝までにしようと、下から二人を止める琴葉。
役割は、いつも同じではなかった。
けれど琴葉が手順を考え、日和が最初に走り出すことは多かった。
次のページでは、三人で菓子を作っている。
琴葉は生地を同じ大きさへ分け、日和は自分の分だけ動物の形にしていた。
「これ、犬?」
「猫だよ」
「耳、長すぎないか」
「十年前の私に文句言わないで」
日和が俺の肩を軽く叩く。
その顔も笑い方も、教室で見る今の日和と変わらない。
「俺は、ちゃんと二人を知ってたんだな」
「知ってたよ。お姉ちゃんと私を、一人だと思ってたわけじゃない」
「なのに、どうして病院のことだけ」
「同じことを何度もしたからじゃないかな。折り紙も、一日だけじゃなかったし」
日和はそこで言葉を切った。
「誰が教えたか、覚えてる?」
「今は、はっきりしない」
「そっか」
日和は、それ以上答えを足さなかった。
次の告白で話すと約束したことを、守っているのだと思った。
アルバムの後ろへ進むほど、琴葉が写る写真は減っていく。
あるページを境に、一枚もなくなった。
その次の年の日付が書かれた写真で、俺は手を止める。
日和は髪を低い位置でまとめ、口元だけで静かに笑っていた。
服装は違う。それでも、隣のページにいる琴葉の立ち方とよく重なった。
「この頃からだ」
長いあいだ俺が知っていた日和は、この写真から始まっている。
日和が小さく息を吸った。
「うん」
写真の中の自分から目を逸らさず、日和は言った。
「この頃から、私はお姉ちゃんになろうとしてた」




