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俺を振った幼馴染が、転校先で「初めまして」と笑っていた  作者: 楽五郎


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18/42

18話 一番に、見つけてほしかった

体育祭当日。


朝から校庭へ強い日差しが落ち、応援席には色とりどりのクラス旗が並んでいた。


俺たちの旗も、その中で風を受けている。白い鳥の右の翼が高く上がるたび、昨日まで教室の床に広げていた布とは思えなくなった。


「相沢君、曲がってない?」


美緒が支柱を押さえながら尋ねる。


「大丈夫。真っすぐだ」


「相沢君の真っすぐ、信用していいのかな」


「まだ字の話を引っ張るのかよ」


美緒が笑う。


以前のように無遠慮に近づくことはなくなった。それでも今日は、旗を挟んで俺の隣から離れようとしなかった。


航平が用具置き場から戻ってくる。


「綱、二本ともあったぞ。俺の二週間、ほとんど綱を数えて終わった気がする」


「お疲れさま」


「軽いな、相沢」


航平が肩を落としたところで、校庭のスピーカーから声が流れた。


『まもなく、開会式を始めます。各クラスの代表は、入場門へ集合してください』


普段より少しゆっくりしているが、日和の声だとすぐに分かる。


『なお、二年生の代表は急いでください。先生が、さっきから時計を見ています』


校庭に笑いが起きた。


「原稿にないことまで言ってないか?」


「日和らしいじゃん」


美緒は放送席を見上げる。


教師に何か言われた日和が頭を下げていた。それでも顔を上げると、また明るい声で次の案内を始める。


「相沢君、すぐ日和って分かったね」


「毎日聞いてる声だからな」


「そっか」


美緒は旗の支柱を握り直した。


「私のことも、声だけで分かる?」


「高瀬は教室のどこにいても聞こえるだろ」


「褒めてないよね、それ」


口では怒りながら、美緒は少し嬉しそうだった。


     ◇


午前最後の競技は、三年生のクラス対抗リレーだった。


入場門の前に、体操服姿の綾乃先輩がいる。髪を後ろで一つに結び、何度も足首を動かしていた。図書室で見る姿より幼く、緊張も隠していない。


応援席の前を通った先輩がこちらに気づき、片手を上げる。


俺も手を上げて返した。


隣にいた美緒が、その動きを目で追う。


「白石先輩とも約束してたの?」


「自分で選んだところを見てほしいって言われた」


「へえ」


『選手が入場します。三年生のみなさん、最後までバトンを落とさず、頑張ってください』


日和の声が校庭へ響く。


一瞬だけ間が空いた。


『白石先輩も、約束どおり、ちゃんとつないでくださいね』


名指しされた綾乃先輩が放送席を見る。驚いたあと、笑って胸の前で拳を作った。


スタートの合図が鳴る。


綾乃先輩のクラスは、最初の走者から少し遅れた。二人目、三人目とバトンが渡り、先輩が受け取る頃には四クラス中で最後だった。


速いとは言えない。それでも先輩は歯を食いしばり、図書室では見せない顔で腕を振った。


一人へ追いつき、並ぶ。


最後の直線で半歩だけ前へ出た。


三位でゴールした綾乃先輩は、その場へ膝をついた。肩で息をしながら顔を上げ、渡し終えたバトンを高く掲げる。


負けた悔しさより、走れた嬉しさのほうが先に出た笑顔だった。


『三年生のみなさん、お疲れさまでした』


日和の声が続く。


『白石先輩。三位でも、格好よかったです』


今度こそ教師に止められたのか、放送が急に切れた。応援席から笑いと拍手が起きる。


綾乃先輩も笑いながら、放送席へ向かってバトンを振った。


俺が拍手をやめると、美緒がすぐ近くから言った。


「次、私だから」


「覚えてる。十二時四十分」


「見に戻ってきてね」


「約束しただろ」


「白石先輩のときより、大きい声で応援して」


冗談らしい笑い方だった。


だが、美緒の指は俺の体操服の袖をつまんでいた。


     ◇


昼休憩のあと、用具を運び終えて応援席へ戻る。


二年生混合リレーの選手は、すでに入場門へ並んでいた。


紺色の旗を探す。白い鳥の下で、美緒が何度もこちらを見ていた。


俺を見つけた瞬間、美緒が大きく手を振る。


「相沢君、遅い!」


選手の列から声が飛んできた。


「間に合っただろ!」


「ちゃんと見てて!」


美緒は第三走者だった。


前の走者から二位でバトンを受け取る。小柄な身体を前へ倒し、外にはねた髪を揺らして走った。


すぐ前には一位のクラスがいる。


美緒は差を詰められなかった。それでも後ろから迫る走者へ抜かせず、二位のまま次へつないだ。


バトンを渡したあとも、その場で止まらない。


息を切らしながら応援席の前まで来て、真っ先に俺を見た。


「どうだった?」


「速かった。抜かれなかったな」


「それだけ?」


「最後までフォームが崩れてなかった」


「そこまで見てたの?」


「見ろって言ったのは高瀬だろ」


美緒が笑う。


昨日、旗を褒めたときと同じ顔だった。


「よかった。ちゃんと私を見てた」


言葉の最後だけが、歓声の中でも妙にはっきり聞こえた。


「美緒、水!」


日和が、ペットボトルを持って駆け寄る。


「ありがと、日和」


美緒は受け取った水を一口飲み、日和へ笑いかけた。


「日和の放送も聞いたよ。白石先輩だけ特別扱いしてたね」


「美緒の名前も呼んだでしょ」


「私が走る前に放送終わってたじゃん」


「心の中で呼びました」


「聞こえないよ」


二人はいつものように笑い合う。


けれど日和は、美緒が俺の袖をまだつまんでいることに気づいていた。


「美緒。もう走り終わったよ」


「うん」


返事をしても、美緒はすぐには手を離さなかった。


その三十分後、俺の組は綱引きの一回戦であっさり負けた。


美緒は旗のそばから、「相沢君、腰が高い!」と笑っていた。


     ◇


閉会式が終わり、最後のロープを倉庫へ戻した。


片づけを終えた日和が、俺のところへ駆けてくる。


「直哉、聞いてた?」


周りに人がいないことを確かめ、日和が尋ねた。


「全部聞いた。先生に二回注意されてたところも」


「白石先輩のリレーは?」


「見た」


「美緒のリレーも?」


「見たよ」


日和は不満そうに頬を膨らませる。


「みんなとの約束、守ったんだ」


「日和が一番長く聞かせてきただろ」


「そういう数え方?」


「放送、よかったよ。原稿にないことを言うたび怒られてたけど」


日和は瞬きをしたあと、照れたように笑った。


「最初にそれを言ってよ」


「聞く前に質問が多いんだよ」


美緒が旗を片づけるため、日和を呼んだ。


日和は数歩進んでから振り返る。


「相沢君。今日見た私を、忘れないでね」


明るく言い残し、旗のところへ駆けていった。


その背中を見送ったとき、後ろから名前を呼ばれた。


「相沢。少しいいか」


榊原先輩が、誰もいなくなったトラックの脇に立っていた。


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