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俺を振った幼馴染が、転校先で「初めまして」と笑っていた  作者: 楽五郎


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16話 日和が、先輩へバトンを渡した

体育祭を三日後に控えた放課後、最後の全体会議が開かれた。

各クラスの準備係と運営を手伝う生徒が、視聴覚室へ集められている。


俺と日和が並んで座っていると、前方の席へ綾乃先輩が入ってきた。

目が合い、綾乃先輩が小さく会釈する。


「白石先輩も係だったんだ」


日和が囁く。


「場内放送を頼まれたらしい」


「へえ。声、聞きやすいもんね」


日和は素直に感心したあと、俺を見る。


「詳しいね」


「昨日聞いた」


「ふうん」


日和の返事が少しだけ低くなる。

それ以上聞く前に、体育科の教師が会議を始めた。


当日の集合時間、用具の運び方、雨天時の連絡。

説明が一通り終わり、放送担当の確認へ移る。


「前半から三年のクラス対抗リレーまでは、白石に頼む。後半は放送委員が戻る予定だ」


綾乃先輩の手が、机の上で握られた。

昨日、走りたいと言った声を思い出す。


俺は何も言わなかった。

ここで代わりに答えれば、また先輩の選択を奪うことになる。


数秒遅れて、綾乃先輩が手を上げた。


「先生、相談があります」


視聴覚室の視線が集まる。

綾乃先輩は一度息を吸い、立ち上がった。


「私は、クラス対抗リレーに出たいです」


教師が進行表を見る。


「時間が重なってるな。放送を前半だけ代われる生徒がいれば、白石はリレーへ回れるが」


室内が静かになる。

放送原稿を読みながら競技全体を見る役目だ。簡単に手を挙げる生徒はいない。


その沈黙を破ったのは、隣にいた日和だった。


「私、やります」


今度は日和へ視線が集まる。


「篠宮、経験はあるか?」


「ありません。でも、原稿があれば読めます。分からないところは、白石先輩に教えてもらいます」


迷いのない声だった。


教師が綾乃先輩を見る。


「白石、今日から原稿の読み方を教えられるか?」


「はい。放送委員にも確認します」


「なら、あとは篠宮のクラスだ。準備係を抜けても大丈夫か?」


「相沢君がいます」


いきなり名前を出される。


「俺?」


「二人で準備係でしょ?」


日和がこちらを向き、笑う。


「私が放送してるあいだ、お願いしてもいい?」


断る理由はなかった。


「分かった」


教師が進行表へ書き込む。


「なら、前半を篠宮、後半を放送委員。白石はリレーへ出てくれ」


「ありがとうございます」


綾乃先輩が頭を下げる。

席へ座る前、日和と目を合わせた。


「篠宮さん、ありがとう」


「お礼はまだ早いです。本番で一番になってください」


「それは難しい注文だね」


「私、応援だけは得意なので」


日和が胸を張り、綾乃先輩が声を立てて笑った。


     ◇


会議が終わると、綾乃先輩が俺たちのところへ来た。


「篠宮さん、本当に助かった。放送のこと、明日から教えるね」


「お願いします。噛んでも笑わないでくださいね」


「私も最初は何度も噛んだから大丈夫」


「白石先輩でも?」


「篠宮さんは、私を何だと思ってるの?」


「何でもできる先輩」


日和が答えると、綾乃先輩は一瞬だけ黙った。


「前までは、私もそう思ってました」


日和が続ける。


「でも、走りたいなら、そっちのほうが白石先輩らしいのかもしれません」


「まだ、私らしいかは分からないけどね」


綾乃先輩はそう言いながら、嬉しそうに笑った。


「篠宮さんも、放送をやりたいわけじゃなかったでしょ?」


「はい。でも体育祭は成功させたいし、困ってる人を放っておくのも嫌なので」


日和らしい答えだった。


「それに、白石先輩が走るところ、ちょっと見たいです」


「放送席から見えるかな」


「見ます。仕事しながら」


「それは先生に怒られるよ」


二人が笑い合う。

俺を間に置かなくても、日和と綾乃先輩のあいだに会話が続いていた。


     ◇


昇降口で日和が靴を履き替えているあいだ、綾乃先輩に呼び止められた。


「相沢君」


「はい」


「昨日、聞いてくれてありがとう」


「俺は何もしてません。決めたのは先輩です」


「うん。だから、ありがとう」


綾乃先輩は迷わず答えた。


「榊原君には、走れって言われてた。でも相沢君は、私がどうしたいかを待ってくれた」


「先輩が、自分で決めたいと言ってたので」


「覚えてくれてたんだね」


綾乃先輩が少し照れたように笑う。

図書委員長として後輩へ向けるものとは違う、近い笑顔だった。


「体育祭の日、ちゃんと見ててね」


「リレーを?」


「私が、自分で選んだほうにいるところ」


返事をする前に、隣へ日和が並んだ。


「私の放送も、ちゃんと聞いててね。相沢君」


笑顔なのに、妙な圧がある。


「準備係の仕事をしながら、両方は無理だろ」


「無理じゃありません」


「無茶を言うなよ」


「私が放送で、白石先輩がリレー。見失うほうが難しいでしょ」


日和は綾乃先輩へ向き直る。


「白石先輩。ちゃんとバトン、つないでくださいね」


「うん。篠宮さんから受け取ったからね」


二人が交わした笑顔を見て、体育祭が来るのを初めて楽しみだと思った。


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