第9話 旅支度
リビングでの会議は、ノアのクッキーが食べ終わるまで中止になった。本日の労働の対価を幸せそうに食べるノアは、サクラを揶揄うことはするが、話し合いをする気配はない。
「ノアさんさ、これ結構真面目な話し合いだと思うんだけど」
『そうじゃな。しかし、妾のクッキータイムの方が先じゃ』
サクラの提案はノアによって却下される。サクラは内心で無意識に舌打ちする。この家でこのまま暮らすのは危険だ。だから、これからどうするかと言う話し合いを始めたいのに、スタートラインにすら立てていない。
苛立ちから足を落ち着きなく組み替えてしまう。自分1人だったら、迷わずにこの場所を捨てて、他に移動した。
しかし、ルルとロイがいる。サクラはもう自分1人では結論を出せずにいた。クッキーを美味しそうに食べるぬいぐるみサイズのノアを見ながら無意識に机を人差し指でトントンと小刻みに叩く。
リビングはノアがクッキーを食べる音とサクラの指の音だけが響いていた。
『そうイライラしても問題も現実も変わらんぞ? 少しは落ち着いたらどうじゃ』
ノアが最後の一枚のクッキーを食べ終え満足そうに腹を前足で撫でながら、サクラを見る。
やっと本題に入れるとサクラは少し胸を撫で下ろす。
「お前は落ち着きすぎだろ」
『騒いだところで、どうこうなる話でもないじゃろ? 焦るだけ心をすり減らして疲弊する。なんとも無駄なことじゃ』
余裕な表情でノアはサクラを見る。そして、翼を羽ばたかせてサクラに向かって飛んできた。何事だとサクラが体を引くより先に、ノアの後ろ足がサクラの額をペシっと叩く。
『なんて顔をしておるんじゃ。子供達にそんな顔を見せるつもりか? それに結論はもう決まっとるじゃろう。悩めばその結論は変わるのかえ?』
サクラは雷に打たれた気分になった。遠慮なく叩かれるというか、蹴られた額はヒリヒリと痛みを訴える。額を涙目で抑えながらも、その通りだと納得してしまった。
襲撃され、家もバレた時点でしばらくはここには居られない。最初から結論は出ていたのだ。相手の目的はわからない。それが、鏃なのかその存在を知ったサクラなのか。考えても答えは出ないのだ。
サクラはただ、この家を、そして街を気に入ってる子供達の気持ちを思って足踏みをしているだけだ。
サクラの10倍以上生きているドラゴンにはお見通しだったようだ。目の前で前足を器用に組み、ほれ見たことかと言うように鼻を鳴らしている。
『どうせ、どう伝えるか考えとるんじゃろ。2人も大きくなった。当初の目的に戻るのを口実にしたらよかろう。まだ諦めてはいないんじゃろう?』
「……俺の呪いを解く方法を探すために、また旅をしたいって? でもそれはもう少し先の予定だったし」
サクラはつい、ノアから視線を逸らしてしまう。自分でも問題の先延ばしだとわかっている。しかし、心が納得しないのだからどうしようもできない。
ノアが呆れたように盛大に息を吐く。そして羽ばたくのをやめて机の上に降りた。
『なら、いつ危険が来るかもわからないこの地で過ごすのか? それなら確実に真実を伝えないといけないのう?』
「……相変わらず、意地が悪いな」
サクラは真っ直ぐにノアを見つめる。危険を伝えない、それでもこの地を離れるならやはり、呪い理由が1番だ。旅をしながら、また襲撃者が来るようなら探りを入れる。解決できたら、またここに戻ってこればいい。
徐々に未来が見えてきて、サクラは落ち気味だった顔を上げる。
『良い顔になったのう』
その様子を見て、ノアは楽しそうに笑う。サクラは立ち上がると自室に向かい足を向ける。
「そうと決まれば、旅支度だ。明日、2人に説明して、街のみんなに挨拶回り。オレガンに留守中の家のことを頼む」
『そうか。なら、今晩は妾が見張りを行うぞ。明日はお主の頭の上で寝るから覚悟せい』
「ありがと、ノア。頼んだ」
飛びながら棚からビスケットを取り出していたノアをチラリと見る。今日は盗み食いは見逃してやろうとサクラはその場を後にした。
◇◇◇◇
翌日、サクラはルルとロイに頭を下げた。
2人は椅子に座り、仲良くご飯を食べているところだった。机を挟んで反対側でサクラは覚悟を決める。
「お前らが本当にこの街を好きなのは知ってる。だけど、俺も呪いを解きたい。だから、また旅に出たいんだが……。あっ、お前らがここに残りたいなら、この家は無理だけど、街でお願いしてみるけど……」
『とんだヘタレじゃな』
どんどん尻すぼみになる声に近くの机に座っていたノアが嘲笑する。それがサクラの心にグサリと刺さる。
一瞬、ノアに向けた視線をルル達に戻す。すると2人は頬を風船のように膨らませていた。
サクラの顔から血の気が引く。心なしか、指先も冷たくなってきた気がする。一度上げた顔をもう一度下ろしそうになる。
「なんで、別れる選択肢があるの……?」
しかし、ポロポロと涙をこぼすルルを見て、サクラの心臓は止まるかと思った。時間が止まったかのように動けない。
よく見ると2人の耳はどちらもシュンと下がっている。
また、自分は何かを間違えたんだなとサクラは悟った。
ロイが真っ直ぐにサクラの瞳を見つめる。その瞳も潤んでおり、膜が張っている様子が伺える。サクラの胸の痛みが増した。
「サクラさん、確かに僕達はここが大好きだよ。でも、それ以上に僕達はサクラさんやノアと一緒にいたい。旅に行くのは反対しないけど、僕達も連れてくって最初から言ってよ!」
ロイの瞳の膜も決壊する。子供2人に泣かれてサクラは焦った。思わず2人から視線を逸らして、ノアを見る。
ノアは呆れた様子でサクラを見るだけで、何も言わない。
この場にサクラの味方はいなかった。
サクラはオロオロしながらひたすら2人に謝る事しかできない。何がいけなかったかはもう理解している。だからこそ、それ以外にどうすればいいのかサクラにはわからなかった。
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次回は、金曜日20時更新予定です。
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