EP8 不死の防衛線
門の先へ進むと、そこは無数の魔石が星々のように漂う『動力回廊』だった。
足元に広がるのは、足がすくむような半透明の水晶床。その直下には、吸い込まれそうな無限の奈落が広がっている。 壁面を這う太い導管の中を、青白い濃密な魔力が血液のようにドクドクと流れていた。浮遊する巨大な歯車が地鳴りのような重低音を立ててゆっくりと回転し、時折、空間を切り裂くような青い魔力放電がバリバリと火花を散らす。
「ここ……生きているみたい」
浮遊する魔石が鼓動のように不気味に脈打つのを見上げ、ユウナが短銃剣を握り直した。
「塔そのものが巨大な魔導炉だ。世界の歪みを維持するためのエネルギーが、すべてここに集約されている」
カイエンは魔眼を光らせ、回廊全体の魔力循環を見定めていた。
――ズズ……ドン……!
突然、激しい振動が回廊を揺らした。 漂っていた魔石が一斉に、血のような禍々しい赤色へと変色する。
「なっ……!?」
壁の装甲が生き物のように蠢き、そこから無機質な金属の腕が突き出された。 パーツがガチガチと音を立てて組み上がり、漆黒の巨大なゴーレム――『守護機兵アーケイン』が姿を現す。 やがて、その仮面のような顔面に、冷酷な青い光が一筋灯った。
『――侵入者、確認』
歪んだ機械音が響くと同時に、ゴーレムが巨大な鉄剣を振り下ろしてきた。
「ユウナ!」
「任せて!」
ユウナは半透明の床を低い姿勢で滑り込み、新調した短銃剣の過給回路を全開にした。 完璧な照準で、ゴーレムの右膝関節へ青い魔導弾を叩き込む。
バァン!
駆動節が弾け飛び、ゴーレムの体勢が大きく崩れた。
その隙を、カイエンは見逃さない。 床を蹴り、一瞬で踏み込むと、漆黒の魔剣を一閃させた。
ズバッ――!
精密に計算された首元への一撃。巨大な金属の頭部が空を舞い、半透明の床へと転がり落ちた。 ゴーレムの体はそのまま力を失い、崩れ落ちて静まり返る。
「……ふぅ。驚かせないでよ」
ユウナが息を吐く。 新調された武器の性能と自分たちの連携なら、どれだけ巨大な防衛兵器だろうと容易く撃破できる――そう思わせるほど、完璧な初撃だった。
――だが。
カタ……
床に転がっていた頭部が、不気味な音を立てて揺れた。
ガチャ……ガチチッ……!
首が勝手に持ち上がり、まるで磁石に引き寄せられるように、崩れ落ちていた胴体の上へと吸い付けられていく。 一度失われた目元の青い光が、再び鋭く再点灯した。
『――再起動』
「なっ……!? 倒したはずじゃないの!?」
「……何か、タネがあるな」
カイエンの眉間にしわが寄る。
直後、壁の各所から次々と金属腕が突き出された。 一体だけではない。二体、四体、八体――。 倒したはずの個体も、新しく組み上がった個体も、すべてが同じ青い目を光らせて二人を包囲していく。
「くっ……! はぁ……はぁ……!」
何十回と刃を振るい、銃弾を叩き込んでも、奴らは首や関節を復元させて立ち上がってくる。 ユウナの息は乱れ、ついに短銃剣の銃身から激しい煙が上がった。過熱によるオーバーヒートと、魔導弾の弾切れだ。
「キリがないわ……! いくら撃っても復活するなんて……!」
「流石にジリ貧だな……」
カイエンは押し寄せるゴーレムの剣撃を最小限の動きで受け流しながら、思考をフル回転させた。
ただの自己修復ではない。 カイエンは魔眼を限界まで見開き、ゴーレムと壁面の導管を繋ぐ微細な光の糸を捉えた。
「違う……個体じゃない。ネットワークだ」
元・最高監査員としての膨大な知識が、目の前の事象を高速で解読していく。
「左の導管は予備系統……違う」
「第二層から魔力供給……これでもない」
「なるほど。自己修復ではない。塔全体を一つの生命体として利用しているのか」
ゴーレムの巨大な剣を紙一重でかわしながら、カイエンは壁面に刻まれた古代の魔導文字を目で追う。
「見つけた。“魂魄同期回路”だ……! 奴らの魂は、個体ではなく回廊の導管そのものに接続されている!」
「意味は分からないけど……どうすればいいの!?」
「ユウナ! 三秒だけ足止めしろ!」
「無茶言わないでよ!」
文句を叫びながらも、ユウナは迷わず動いた。 オーバーヒートした短銃剣の刃を直接ゴーレムの装甲に突き立て、それを足場にして壁へと跳躍する。
壁を駆け、空中で体を反転させて滑り込み、膝蹴りで後続の装甲を弾く。 ギリギリの回避を繰り返しながら、ユウナはすべてのゴーレムの視線を自身へと集めた。
「こっちよ、鉄くず!!」
その瞬間――回路の奥から、轟音とともに激しい爆発が巻き起こった。
ドォン――ッ!!
「ぐあ!?」
前衛のゴーレムたちが大量の爆薬によって吹き飛ばされ、粉々に砕け散る。 黒煙の向こうから、聞き覚えのない威勢の良い声が響いた。
「ハッ、遅くなった!」
煙を押し分けて現れたのは、ボロボロの白衣を纏った男と、深くフードを被った小柄な少女だった。
「生き残りは俺たちだけじゃなかったか! 運が良いぜ!」
「……何者だ」
カイエンは警戒を解かないまま、予期せぬ第三者の登場に微かに目を見開いた。
「今は味方だ! 帝国の『後始末』が終わるまで、この塔から脱出するって目的は同じだろ!?」
白衣の男が叫ぶと同時に、フードの少女が両手を掲げた。 少女の足元から眩い魔法陣が回廊全体に展開され、押し寄せていたゴーレムたちの動きがピタリと停止する。物理的な束縛ではなく、魔力供給を直接阻害する高度な魔法拘束だ。
「よし、今だ! 拘束は長く持たねえぞ!」
「理解した」
カイエンは即座に状況を整理し、一瞬で四人の役割を分担した。
カイエンが構造を解析し、ユウナが囮として敵の隙を作り、白衣の男が爆薬で回路の物理装甲を剥がし、少女が魔法で動きを止める。 見事なまでに噛み合った連携。
「そこだ……!」
カイエンは魔剣を、ゴーレムではなく壁面に剥き出しになった“魂魄同期回路”へ深く突き立てた。
「同期完了――解体!!」
魔剣が禍々しい灰色のオーラを放ち、回路の導管を内部から破壊し尽くす。 青い魔力流が激しく逆流し、回廊全体が激しく揺れ動いた。
『――ア……ガ……』
魂の供給を断たれたゴーレムたちが、一体、二体、三体――今度こそ修復されることなく、ただのガラクタとなって次々と崩れ落ちていった。
やがて、回廊に静寂が戻る。
「……はぁ……はぁ……終わった……の?」
ユウナが短銃剣を力なく降ろし、肩で息をしながら呟いた。
「いや」
カイエンは魔剣を収めると、冷たい視線を壁の奥へと向けた。
破壊された回路の横で、静かに新しい導管が怪しく蒼い光を放ち始めている。
「ここは、まだ入口だ」
世界の歪みを生み出す心臓部への道は、さらに深く、暗い闇へと続いていた。
新キャラですが、実は突貫です…が!
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