EP7 封印の解錠
天空庭園を抜け、塔のさらに深部へと続く回廊を進むと、そこには異様な静寂が満ちていた。
巨大な門の前。ただそこに立つだけで、肌を刺すような空気の変化が伝わってくる。
足元からは耳鳴りのような低い微振動が絶え間なく響き、壁面を這う無数の魔導回路が脈打つたび、青白い光が暗い回廊を不気味に照らし出した。
門の前に広がる黒曜石の床は、かつては鏡のように磨き抜かれていたはずだった。だが今は無数の亀裂が走り、その隙間からはバグの侵食を示す赤い汚染結晶が、まるで禍々しい植物の根のように蔓延っている。
かつて帝国が正常に機能していた頃、ここを歩いた監査員たちは任務の合間に茶を飲み、世界の均衡について優雅に議論を交わしていたという。 いまやその面影はどこにもない。残されているのは、崩壊の病に侵されたシステムの惨状だけだった。
「……ここが、最深部への扉ね」
ユウナが短銃剣を抱えるようにして息をのむ。
カイエンは静かに懐へ手を入れ、ハイルの鎧の残骸から回収した蒼く発光する結晶――『アクセス・クリスタル』を取り出した。
「……いくぞ」
カイエンは門の脇にある重厚な制御盤へと歩み寄り、中央のスロットへクリスタルを深く突き刺した。
――『認証開始』。
重低音の機械音声が塔全体に共鳴し、回廊の空気が激しく震える。
直後、巨大な門の表面に、一枚、また一枚と複雑な幾何学模様を描く青い魔法陣が重なるように浮かび上がった。 空間を遮断していた高密度の防壁に、目に見えるほどの巨大な亀裂が走り出す。
パリン――ッ!
まるで巨大なガラス細工が砕け散るような澄んだ音が空間に響き渡った。 破壊された防壁は光の粒子となって弾け、暗い夜空の彼方へと溶けるように消え去っていく。
重々しい駆動音とともに、漆黒の門が左右へとゆっくり開き始めた。
一歩、その向こう側へ踏み入れた瞬間――重力の感覚がふわりと揺らいだ。
「っ……!?」
そこは、塔の内部という概念を遥かに超越した広大な世界だった。
天井がない。 見上げれば満天の星々が果てしなく瞬き、足元にはどこまでも続く真っ白な雲海が広がっている。
広大な空には、都市一つ分はあろうかという巨大な浮遊大陸がいくつも浮かび、それがまるで精密機械の歯車のようにゆっくりと噛み合って回転していた。浮遊大陸同士は、青く輝く光のレールが蜘蛛の巣のように張り巡らされて繋がれている。
そして空間の中央、遥か虚空の果てには――世界そのものを動かしているかのような巨大な魔導炉が、生き物の鼓動のように赤と青の光を交差させながら明滅していた。
圧倒的なスケールと、異次元の美しさ。
「……嘘でしょ……」
ユウナはあまりの光景に絶句し、足を止めたまま呟いた。小柄な肩が、恐怖とも圧倒的な存在感への畏怖ともつかない震えを見せる。
ここから先は、これまでとは次元が違う。使徒の汚染は限界まで濃くなり、防衛プログラムのノイズも極限に達しているはずだ。
カイエンは静かに横目に視線を送り、短く問いかけた。
「怖いか?」
「……少し」
ユウナは素直に認め、深く息を吐き出した。 そして、カイエンによって完璧に調整された愛用の短銃剣を、ぎゅっと強く握り直す。
「でも……あんたが前を歩くなら、ついていく」
まっすぐに見つめてくるその瞳には、もはや過去を悔やむ迷いも、誰かの陰に隠れようとする弱さもなかった。自分の足で立ち、自分の意志で戦う騎士の光が宿っている。
カイエンはそれ以上何も言わず、小さく一度だけ頷いた。
「十分だ」
カイエンは魔剣の柄に手をかけ、星々と雲海が交差する異空間へと足を踏み出した。
「――行くぞ。空の柱を停止させ、この世界の歪みを解体する」
「了解!」
背後で門が静かに閉じ、二人の影は光輝く心臓部の闇へと溶け込んでいった。
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