EP6 残響の整理
礼拝堂をあとにしたふたりは、上層へと続く螺旋階段を登りつめ、屋外へと開かれた広大な空間に出た。
『天空庭園』。 かつて帝国の貴族たちが憩い、栄華を謳歌したとされるその場所は、いまや変わり果てた姿を晒していた。
干からびて黒ずんだ枯れ花が敷き詰められ、彫像が砕けた噴水からは水の一滴すら湧き出ていない。石畳の切れ目からは遥か下界を覆い尽くす雲海が見え、冷たい風が吹き抜けていく。 かつての栄華と、今の圧倒的な荒廃。その対比が、死にゆく帝国の無常さを際立たせていた。
静寂の中、風の音に混じって、小さな声が響いた。
「……さっきは、感情的に当たってごめんなさい」
ユウナがカイエンの斜め後ろを歩きながら、ぽつりと呟いた。
「気にしていない」
カイエンは前を見据えたまま、短く返した。 だが、ユウナは彼の横顔を見つめ、静かに息を吐いた。
「優しくない人は、自分をそんなに傷つけないわ」
「……何の話だ」
「気づいてないと思ってる?」
ユウナはカイエンの右手に視線を落とした。
「さっきから拳、ずっと握りっぱなし。……血が滲んでる」
「――」
カイエンの歩みが、わずかに止まった。 言われて初めて視線を落とすと、強く握りしめすぎた爪が皮膚を裂き、掌から赤い血が滲み出ていた。ハイルとの戦い、そして救えなかった過去への感情を殺そうとするあまり、無意識に力が入っていたのだ。
「……貴方って、本当に不器用な人」
ユウナは呆れたような、けれどどこか温かな呆れを含んだ声で言った。 カイエンは血の滲む手を開き、静かに息を吐き出すと、雲海の彼方へと目を向けた。
「……ハイルは、かつて一緒に剣を競った仲間だった」
「え……!?」
ユウナの息が止まった。丸く見開かれた瞳が、カイエンの背中に注がれる。
「貴方……お兄様の知り合いだったの……?」
「そうだ。……俺はあいつに、一度も剣で勝てたことはなかった」
カイエンの意識が、遠い過去――まだ帝国が正義だと信じられていた頃の、晴れやかな訓練場へと飛ぶ。
◇
ガァン――ッ!
澄んだ金属音が響き、木製の模擬刀が空を舞った。 クルクルと回転しながら地面に突き刺さる。
「カイエン君は器用だが教科書通りだ。だから読みやすい」
汗を拭いながら爽やかに笑うのは、若き日のハイルだった。その手にはしっかりと模擬刀が握られている。
「チッ……また、勝てなかったか」
地面に落ちた自分の模擬刀を拾い上げながら、カイエンは苦々しく吐き捨てた。
「お前に勝てる奴なんて、この帝国に一人もいないと思うぞ」
「ははは、いや、俺の妹がいずれは超えるさ!」
ハイルは自慢気に胸を張った。カイエンは眉をひそめる。
「妹って……剣使えたか?」
「剣はからっきしだが、いいものを持っている。いずれ俺より良い騎士になるさ。……なぁカイエン。俺に何かあったら、お前に任せたぞ」
「お前に何かあるなんて考えられないが……まぁ、考えておく」
素っ気なく答えるカイエンに、ハイルはクスクスと笑いながらその肩を叩いた。
「お前は真面目すぎる。だから、最後まで誰かを見捨てられないんだ」
◇
「……あいつは、ずっとお前の話ばかりしていた」
回想から戻ったカイエンは、振り返ることなく言った。
「あのまま押されていたら、俺が負けていた」
カイエンは静かに立ち止まり、ようやくユウナの方へと振り返った。
「助かった」
「え……」
「……よく撃った」
そう言うと、カイエンは無造作に手を伸ばし、ユウナの頭の上にポンと手を置いた。 ほんの一瞬、ぽんと優しく叩くような、不器用な労い。
それだけを言い残すと、カイエンは何事もなかったかのように再びくるりと背を向け、前方の階層へと歩き出した。
「……っ!?」
広場に取り残されたユウナは、その場に固まった。
「…………え?」
開いた口が塞がらない。 当のカイエンは数歩進んだところで足を止め、不思議そうに振り返る。
「どうした。早く行くぞ」
本気で自分が何をしたのか分かっていない顔だった。
「〜〜〜っ! なんでもない!!」
ユウナは顔が沸騰したように真っ赤になるのを隠すため、慌てて両手で顔を覆った。
(今……私、頭……撫でられた……!?)
手元の照れくささと、胸の奥から湧き上がる温かな熱。 兄が自分を託した男の背中を見つめながら、ユウナは火照る頬を鎮めるように深呼吸をし、急いでカイエンの隣へと駆け寄った。
朗読ありがとあございます。
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