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不適合者のレギュレーター  作者: シャロン=ミ
王墓編

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EP87 沈んだ王国の深淵と、古の選択

重苦しい沈んだ王国の空気の中に、いつもの賑やかなやり取りが戻り、彼らは再び、前へと歩き出すのだった。マキマはまだ不満げに頬を膨らませていたが、ヒナは時折、腰の短剣に触れては、その感触を確かめるようにしていた。


彼らがさらに奥へと進むと、通路は次第に狭くなり、やがて巨大な円形の空間へと繋がった。そこは、まるで地下の心臓部とでも言うべき場所だった。空間の中央には、巨大な魔石の祭壇が鎮座しており、その周囲には、無数の鎖が絡みつくように伸びていた。鎖は、祭壇から天井、そして壁へと繋がり、空間全体をまるで檻のように覆い尽くしている。


「これは……いったい……」 アイフェリスは、その異様な光景に言葉を失った。祭壇の魔石からは、微かに魔力が漏れ出しており、それが空間を満たす黒ずんだ液体の源となっているようにも見えた。 「解析結果、この魔石は極めて強力なエネルギーを秘めているであります。しかし、そのエネルギーは、まるで『抑えつけられている』かのように、常に漏洩し続けている……」 マキマは、手首の端末を操作しながら、驚愕の表情を浮かべた。 「抑えつけられている? それはつまり、誰かが意図的にこの魔石の力を制御していた、ということ?」 ヒナが尋ねた。


カイエンは、祭壇へとゆっくりと歩み寄った。魔眼を凝らすと、祭壇の表面に、かすかに文字が刻まれているのが見えた。それは、この王国の古語で記された、何らかの誓約のようなものだった。そして、その誓約の中心には、巨大な魔石を「封印」するような紋様が描かれている。


「これは……封印術式だ。この魔石の力を、外部に漏らさないように、あるいは、何らかの目的のために『固定』するために施されたものだ」 カイエンの言葉に、アイフェリスは息を呑んだ。 「封印……? では、この王国は、この魔石の力を封印するために、自ら……」


カイエンは、祭壇の奥に、さらに別の文字が刻まれているのを見つけた。それは、祭壇を取り囲む鎖の根元に、まるで血で書かれたかのように深く刻まれていた。


『我らは、この世界の歪みを正すため、全ての栄光を捨て、この地に沈む。裏切りにあらず、これこそが、我らの選択であり、至高の忠誠である。』


その文字を読み上げたカイエンの声が、沈んだ空間に響き渡る。 「……これだ。『王国は裏切りではなく、自ら地の底へ沈んだ』……この言葉は、この封印術式と、この誓約を指していたのか」 カイエンの右眼に宿る翠玉の輝きが、かつての王国の「選択」の重みを映し出す。彼らは、世界の歪みを正すために、自らの王国を犠牲にし、この魔石を封印しようとした。しかし、その封印は完全に機能しているようには見えない。むしろ、この黒ずんだ液体や、淀んだ空気は、封印が破綻し、魔石の力が漏洩している証拠だった。


「世界の歪みを正すため……。この魔石が、その歪みの根源だったということか?」 ヒナは、祭壇と鎖を見上げながら、問いかけた。 「おそらくは。そして、その歪みを封じるために、王国は自らの全てを捧げた。しかし、その忠誠と選択は、結果的にこの悲劇を生み出した」 カイエンは、祭壇の鎖に触れた。その鎖からは、冷たい魔力が伝わってきた。それは、数百年の時を超えてもなお、この場所に縛り付けられている、王国の執念のようだった。


「過去に執着し、自らを犠牲にした結果、彼らは世界を救うどころか、新たな『バグ』を生み出してしまった……。この魔石が、まさにその『バグ』の源泉なのでしょうか」 アイフェリスの言葉は、この沈んだ王国の悲劇の本質を突いていた。彼らの崇高な忠誠と選択は、結果的に、世界を蝕む新たな歪みを生み出し、王国そのものを滅ぼした。


「この魔石が、疫病の根源、そして使徒の残滓と関係している可能性が高い。そして、この空間全体が、その魔石の力によって侵食されている」 カイエンは、魔眼を祭壇の魔石に集中させた。その奥に、蠢く巨大な「歪み」の核がはっきりと見えた。それは、この王国を内部から食い破り、世界を蝕もうとする、新たな「バグ」の胎動だった。


「俺たちは、この『バグ』を『整理』しなければならない。この王国の、数百年前の『選択』の結末を、今、終わらせる時だ」 カイエンの言葉に、マキマとヒナ、そしてアイフェリスは、静かに頷いた。彼らの瞳には、この沈んだ王国の悲劇を終わらせ、新たな未来を切り開くという、強い決意が宿っていた。


その瞬間、祭壇を縛り付けていた無数の鎖が、まるで意思を持つかのように激しく音を立てて身悶えた。「ガシャアアアアアン!」と耳をつんざく金属音が響き渡り、長年の封印が今、その役目を終えようとしているかのように軋んだ。


「――っ、何だ!?」 ヒナが反射的に腰の短剣に手をかけ、その切っ先を鎖の動きに合わせる。マキマは素早く端末を展開し、防御障壁の展開コードを走らせた。アイフェリスもまた、弓を構えて周囲を警戒する。彼女たちの間に、わずかながら緊張が走った。


空間を満たしていた黒ずんだ液体が逆巻き、天井から垂れ下がる巨大な根が不気味な脈動を早める。その脈動は、まるでこの王国そのものが、今まさに呼吸を始めようとしているかのようだった。中心にある巨大な魔石の祭壇からは、耐えがたいほどの強烈な魔力の波動が吹き荒れた。それは、彼らの肌を粟立たせ、心の奥底に直接響くような、禍々しい響きを伴っていた。


「解析、追いつかないであります! この魔石、封印が破綻したショックで『過去の残留思念』を暴走させている……!」 マキマが叫んだ次の瞬間、祭壇の魔石が眩い、しかし禍々しい光を放ち始めた。その光は、視界を完全に白く染め上げるほどの奔流となり、カイエンたちの足元の石畳が一瞬にして崩れ去る。重力が失われたかのような浮遊感と共に、彼らの意識は数百年前の過去へと無理やり引きずり込まれていく――。


気がつくと、カイエンたちは「沈む前」の、信じられないほど絢爛豪華な王城の広間に立っていた。 周囲では、気高いエルフの貴族たちや兵士たちが、恐怖と決意が入り混じった表情で声を荒げている。彼らの目の前には、今まさに制御を失おうとしている、あの禍々しい魔石の祭壇があった。しかし、その当時の祭壇は、まだ黒ずんだ液体に侵されてはおらず、純粋な魔力を放つ美しい輝きを湛えていた。


「もはや猶予はない! このままでは、この歪みの根源が地上全体のデータを書き換えてしまう……!」 一人の老いた賢者が、切迫した声で叫んだ。彼の顔には、世界の命運を背負う者の苦悩が深く刻まれている。 「王よ! 我らの一族を代償に、この場所ごとすべてを地底へ封じるのです! それが、我らの最後の務め!」 屈強な兵士長が、剣を天に掲げながら進言する。その瞳には、死をも恐れぬ忠誠が宿っていた。


そこに立っていたのは、現在の女王の面影を残す、かつての王国の君主だった。彼は苦渋に満ちた表情で、しかし揺るぎない覚悟を瞳に宿し、静かに頷いた。 「我が民よ、許してくれ。だが、これこそが我が王国の最後の誇り、未来への忠誠だ。――すべての栄光を捨て、我らは地の底へ沈む!」


王の号令とともに、王国全体が自らの意志で地中深くへと沈み始める。住民たちの悲鳴、兵士たちの祈り、そして「世界を守るため」という強い執着と忠誠が、濁流のような記憶のノイズとなってカイエンたちの脳髄に突き刺さった。それは、彼らの耳朶を打つ音となり、皮膚を焼く熱となり、肺を圧迫する重みとなって、五感を襲う。


「――っく!」 あまりの膨大な感情の負荷に、カイエンは右眼を押さえて片膝をついた。魔眼が捉えるのは、過去の記憶が織りなす情報の奔流。そこには、世界の歪みを正すという崇高な目的と、それゆえに自らを犠牲にした王国の「選択」が、鮮烈に焼き付けられていた。マキマとヒナ、そしてアイフェリスもまた、過去の王国の人々の絶望と献身の重みに息を呑み、その場に崩れそうになっていた。


過去の記憶と、目の前の現実の歪みが混ざり合う最中、祭壇の最奥から、世界を蝕む「バグ」の本体――異形の影が、ついにその姿を現そうと蠢き始めたのだった。それは、数百年前の「選択」の代償として、この王国に根を張り、今もなお世界を歪ませ続ける、根源的な「歪み」の具現化だった。

沈んだ王国の記憶…悲劇の真相が明らかとなりました。次回以降物語が動き出します。

長期休みは長編小説を読むに限ります!是非是非コメントリアクション、ブックマークお願いします!

王墓編は某ジャ〇プ作品をみて着想を得ました。元ネタがわかった方はコメントリアクションお願いします!それでは次回!

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