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不適合者のレギュレーター  作者: シャロン=ミ
王墓編

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EP86 沈んだ王国の深淵と、束の間の温もり

カイエンたちは、黒ずんだ液体が滴り落ちる通路を、慎重に進んでいった。冷え切った石畳の壁には、かつては美しかったであろうレリーフの残骸が、無残な姿を晒している。精巧な彫刻が施された柱も、今は無数の亀裂に覆われ、いつ崩れてもおかしくないように見えた。


「かつて、この場所はどれほどの栄華を誇っていたのでしょう……」 アイフェリスは、壁に残されたかすかな装飾に触れながら、悲しげに呟いた。彼女の瞳には、想像の中の輝かしい王国の姿と、目の前の荒廃した現実とのギャップが映し出されていた。 「栄華は永遠ではない、でありますね。この崩壊の規模から推測するに、単なる経年劣化や自然災害では説明できない。何らかの破滅的な事象が、この王国を一瞬にして飲み込んだと考えるべきであります」 マキマは、周囲の構造物を熱心に観察しながら、冷静に分析した。彼女の論理的な思考は、感情的な側面とは対照的に、この地の悲劇を物理的な現象として捉えようとしていた。


通路の先に、広大な空間が広がっていた。そこは、かつて王国の中心であったであろう謁見の間か、あるいは広場のような場所だった。天井は高く、かつては輝く魔石で装飾されていたであろう痕跡が残っている。しかし、今はそのほとんどが剥がれ落ち、代わりに天井から伸びた巨大な根のようなものが、空間を縦横無尽に走り、壁や床を突き破っていた。その根からは、あの黒ずんだ液体が脈打つように滴り落ちており、空間全体が異様な生命感と死の匂いに満ちていた。


「……これは……」 ヒナは、息を呑んだ。目の前に広がる光景は、彼女の想像をはるかに超えるものだった。 「まるで、巨大な生き物に飲み込まれたようだ……」 カイエンは、魔眼を凝らし、根のようなものの奥に潜む魔力の源を探った。それは、かつて感じた使徒の残滓とは異なる、より深く、より根源的な「歪み」を宿していた。


足元には、朽ちた王族の像や、砕け散った調度品の残骸が散乱している。それらの間には、無数の白骨が転がっていた。彼らは、王国の崩壊の際に、この場所で最期の時を迎えたのだろうか。その中には、武器を構えた兵士のものと思われる骨や、子供を抱きしめたまま朽ちた母子の骨もあった。


「……この者たちは、何のために死んでいったのでありますか……?」 マキマは、沈黙の中で呟いた。彼女の科学的な探究心も、目の前の悲劇の前には、一瞬言葉を失っていた。


カイエンは、一つの骨に目を留めた。それは、かつて兵士であった者のものだろう。その手には、錆び付いた剣が握られ、その剣は、まるで何かを守るかのように、虚空を指していた。その姿は、死してなお、忠誠を尽くそうとする者の執念を物語っているようだった。


「忠誠は死後も人を縛る、か……」 カイエンの言葉が、静寂に沈んだ空間に響いた。この王国は、何を守ろうとして自ら沈んだのか。そして、その忠誠の先に、何があったのか。


さらに奥へと進むと、壁に刻まれた古びた文字や絵画が見えてきた。そこには、この王国の歴史が記されているようだった。繁栄、そして何らかの「選択」が描かれている。だが、その絵画の最後は、常に途中で途切れており、王国の終焉が意図的に隠されているかのようだった。


「この王国は、何かを隠している……。あるいは、隠そうとした結果、自ら滅びを選んだのかもしれない」 カイエンの魔眼は、絵画の途切れた部分から、微かな魔力の痕跡を読み取っていた。それは、強い意志と、深い絶望が混じり合ったような、複雑な感情の残滓だった。


「過去に執着すると、前へ進めない……。この王国は、まさにその象徴なのかもしれないな」 ヒナは、壁画の途切れた部分をじっと見つめながら、静かに言った。彼女の言葉は、この沈んだ王国の悲劇を、的確に言い表していた。


彼らは、沈んだ王国の奥深くへと足を踏み入れ続ける。そこには、かつての栄光の残滓と、死してなお人々を縛る忠誠、そして過去への執着が、黒ずんだ液体のように澱み、彼らの行く手を阻むように蠢いていた。彼らは、この地の「バグ」を解明し、王国が自ら沈んだ真の理由を突き止めることができるのだろうか。


少し歩みが緩んだその時、カイエンはふと足を止め、懐から一振りの小剣を取り出した。刃は透き通るような淡い輝きを放ち、その柄には硬質なドラゴンの角が使われている。微かに魔力の波動を纏う、見事な一品だった。

「おい、ヒナ。これをお前にやる」

「……は? なによ急に、そんな高そうなもの……」

差し出された短剣を受け取り、ヒナは驚きに目を見開いた。ドラゴンの角特有の美しい紋様と優れた重量バランスに、一目で質の良さが分かる。

「お前、この前の戦いで前衛を張って散々危ねい橋を渡っただろ。……まぁ、これでも使って少しは身を守れ」

「っ……! べ、別に頼んでないけどさ……でも、ありがと……」

ヒナは耳たぶを赤く染め、素直に短剣を腰に帯びると、わざとそっぽを向いて小さく呟いた。

その様子をすぐ隣で目撃していたマキマは、目を丸くしたのち、途端に不満げな表情を浮かべて両手を腰に当てた。

「なっ……!? ちょっと待つのであります! なんでヒナだけ特別扱いなのでありますか! 私だってこの前、徹夜でメカの調整を手伝ったり、物理演算のサポートをしたりと、多大な貢献をしたはずでありますよ! 不公平であります!」

「おいおい、お前にはこの前、新しい解析ツールの素材を回しただろ」

「あれは仕事の報酬であります! 私にも何か、こう……乙女心をくすぐるようなプレゼントはないのでありますか!」

ほっぺたをぷくっと膨らませて詰め寄るマキマに、カイエンはやれやれと苦笑いを漏らす。重苦しい沈んだ王国の空気の中に、いつもの賑やかなやり取りが戻り、彼らは再び、前へと歩き出すのだった。

シリアスエピソードの束の間のほのぼの大好物なのです!

次回から話が大きく進む予定です!長編のため一挙に投稿していこうと思ってます!(全作ではないですが…)

一応、王墓編は書き終わっているので途中で失踪はないです!投稿されなかったら忘れてる可能性があるのでコメントで教えてください汗

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

「続きが気になる!」「面白かった!」と思っていただけましたら、

☆☆☆☆☆評価やブックマークで応援していただけると、とても励みになります!

皆さまの応援が、執筆を続ける大きな力になります。

また次話でお会いしましょう!

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