EP84 女王の謁見と、古の呼び声
祝宴の喧騒は、やがて夜の静寂へと溶けていった。温かな光を放っていたホールも、一つ、また一つと灯りが落とされ、深い闇に包まれていく。カイエンは、ヒナとマキマ、そしてアイフェリスとのダンスを思い出しながら、自室へと戻る道すがら、夜空に瞬く星々を見上げていた。エルフの里の空は、人間たちの都市のそれとは比べ物にならないほど澄み渡り、無数の光が降り注ぐ。この星空の下で、新たな未来への扉が開かれたのだと、カイエンは静かに胸に刻んだ。
数日が過ぎた。
エルフの里での生活は、思いのほか穏やかだった。カイエンたちは、里の復興を手伝ったり、負傷した兵士たちの手当てをしたりと、できる限りの協力を惜しまなかった。里の者たちも、当初の警戒心は薄れ、彼らに感謝の言葉をかけるようになっていた。特に子供たちは、カイエンの魔眼や、マキマの電子機器、ヒナの短剣に興味津々で、彼らの周りには常に好奇の目が集まっていた。
しかし、カイエンの心の中には、常に次の行動への焦りが燻っていた。疫病の根源はまだ解明されておらず、使徒の残滓の行方も不明なままだ。この穏やかな日々が、いつまで続くのか。
そんなある日、カイエンたちの元に、アイフェリスからの呼び出しがあった。
「女王がお待ちです。お三方を謁見の間へとお連れいたします」
アイフェリスの言葉に、カイエンは静かに頷いた。マキマとヒナも、その表情を引き締める。謁見の間へと向かう道のりは、里の中心部へと続く、厳かなものだった。壁には精緻な彫刻が施され、足元には光り輝く魔石が埋め込まれている。そのすべてが、エルフ王国の歴史と威厳を物語っていた。
謁見の間は、広大な空間だった。正面には、苔と蔦に覆われた巨大な玉座が据えられ、そこにエルフの女王が座している。彼女は、森の葉を模した深緑色の豪華なドレスを纏い、頭には純粋な魔石で飾られた冠を戴いていた。その顔には深い皺が刻まれているが、瞳の奥には、森の奥深くを覗き込むような叡智と、揺るぎない意志が宿っている。
「面をお上げなさい」
女王の静かな声が、広間に響き渡る。カイエンたちは顔を上げ、女王の視線を受け止めた。
「よくぞ参った、人間たちよ。そして、我が懐刀、アイフェリスよ」
女王は、カイエンたちに視線を向けた後、アイフェリスに温かい眼差しを向けた。
「アイフェリスからは、貴殿らが我が里を救ってくれたこと、そして、貴殿らの持つ力が、この世界の『歪み』を正すために必要であること、詳細に報告を受けている。そこで……厚かましい願いであるとは承知の上だが、貴殿らに是非とも調べてほしいことがあるのだ」
女王の言葉に、カイエンは静かに耳を傾ける。
「我が里を襲った疫病は、過去の伝承にある『古の呪い』と酷似している。それは、数百年前、我が王国が突如として歴史から姿を消した原因と、無関係ではないと見ているのだ」
女王の言葉に、カイエンの魔眼がわずかに反応した。「数百年前、王国が姿を消した原因」――それは、カイエンが追う「バグ」と関連している可能性があった。
「我らは、その『古の呪い』の根源が、地中深くに存在する『沈んだ王国』にあると推測している。そこは、かつて栄華を極めた王国が、ある日突然、地の底へと沈んだ場所……そして、文献には『王国は裏切りではなく、自ら地の底へ沈んだ』とだけ記されている」
女王の言葉は、カイエンの脳裏に新たなパズルピースをはめ込んでいく。地中深くの「沈んだ王国」、そして「自ら沈んだ」という謎めいた言葉。そこには、使徒の残滓、あるいはそれ以上の「バグ」が潜んでいるのかもしれない。
「つきましては、貴殿らにその『沈んだ王国』の調査をお願いできないだろうか。使徒の残滓の行方、そして疫病の真の根源……そのすべてを、どうか貴殿らの力で解き明かしてほしい」
女王は、カイエンたちにまっすぐに視線を向ける。その瞳には、里の未来を託す、強い決意が宿っている。
「もし、この身勝手な願いを聞き入れてくれるならば、我らは貴殿らに全面的に協力しよう。必要な情報、物資、そして我が懐刀である案内役もつけよう」
カイエンは、女王の言葉を聞き終えると、ゆっくりと口を開いた。
「……承知いたしました。お引き受けいたします」
カイエンの返答に、女王は満足げに頷いた。
「感謝する。では、アイフェリス。彼らの手配を頼む」
「はっ!」
アイフェリスは、深々と頭を下げた。
謁見を終え、カイエンたちは再びアイフェリスと共に歩き出す。
「まさか、女王陛下自ら直々に依頼されるとは……」
マキマが感嘆の声を漏らす。ヒナも、珍しくその表情に緊張を滲ませていた。
「『沈んだ王国』……か。厄介な場所になりそうだな」
カイエンは、静かに呟いた。彼の魔眼は、すでに目の前の闇の奥に潜む、新たな「歪み」を捉えようとしていた。
「ええ。ですが、ご安心ください。女王陛下も、そして私も、貴方様方を信じております」
アイフェリスは、カイエンの横に並び、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
「新たな旅立ちの準備は、私が手配いたします。どうか、心ゆくまで休息をお取りください」
アイフェリスの言葉に、カイエンは小さく頷いた。古の呼び声に導かれ、カイエンたちの新たな冒険が、今、始まろうとしていた。それは、数百年の時を超えた謎を解き明かし、世界を蝕む「バグ」の根源へと迫る、壮大な旅となるだろう。
幕間 深緑の王宮にて
謁見の間が静けさを取り戻し、来客たちが去った後も、銀髪のエルフの女王は深い緑の玉座に座したまま、静かにステンドグラスから差し込む月明かりを見つめていた。
広間の大扉が静かに閉ざされ、室内に残されたのは女王と、その側近であるアイフェリスの二人だけだ。
「……アイフェリスよ」
静寂を破るように、女王がふと口を開いた。その瞳には、慈愛とはまた違う、長年連れ添った親愛と微かな茶目っ気が宿っている。
「はっ、なんでございますか、女王陛下」
背筋を伸ばし、凛とした姿勢で控えていたアイフェリスが即座に応じる。女王はクスリと小さく笑い、意味ありげな視線を懐刀へと向けた。
「あの人間の男――カイエンのことだがね」
「っ……!な、急になんですか、カイエン殿のことは……!」
いつもは冷静沈着で表情を崩さないアイフェリスが、その名前を出された瞬間、わずかに言葉を詰まらせた。みるみるうちに、她的な端正な耳たぶがカッと朱色に染まっていく。
「ふふ、隠さなくてもよいだろう。お前のその様子を見れば、一目瞭然ではないか」
「か、勘違いなさらないでください! 私はただ、我が里を救ってくれた恩人として、そして信頼できる協力者として……!」
慌てて弁解するアイフェリスの姿に、女王はさらに楽しげな笑みを深めた。
「そうだな。命を救われ、共に閉鎖的なしきたりを壊そうと戦った相手だ。惹かれるのも、信頼を寄せるのも、自然なこと――いや、むしろお似合いの気もするがね」
「お似合いなんて……! 女王様、からかわないでください!」
顔を真っ赤にして抗議するアイフェリスを見て、女王はふっと柔らかく目を細め、さらに含みのある笑みを浮かべる。
「おや、からかっているつもりはないさ。……ところで、アイフェリス。お前もそろそろ、身を固めて可愛い子供の一人や二人、欲しいとは思わないのかね?」
「こ、子供ですかっ……!? い、急に何を言い出すんですか、女王様っ……!」
まさかの踏み込んだ一言に、アイフェリスは心臓が跳ね上がるような衝撃を受け、両手で自分の真っ赤な頬を覆い隠した。普段の毅然とした戦士の面影はどこへやら、完全にタジタジとなっている。
「ほう、顔を真っ赤にして否定する割には、まんざらでもなさそうな反応だな。長寿のエルフとはいえ、お前も適齢期だ。あのような頼もしい男を伴侶にするのも、悪くはないと思うがね」
「も、もう知りません……! 私は、私は任務に戻りますっ!」
羞恥心に耐えきれなくなったアイフェリスは、それ以上言葉を返すのを諦め、バタバタと慌てた様子で謁見の間から逃げるように駆け出していった。
残された女王は、バタンと閉まった大扉の方を見つめながら、声を上げて楽しそうに笑うのだった。
やがて訪れる「沈んだ王国」への過酷な旅。
その運命の歯車が回り始める裏で、エルフの王宮には、どこか穏やかで温かな夜の時間がゆっくりと流れていくのだった。
戦争編が終わり、エルフの国沈んだ王国の過去です!
今作1番の長編となってます!
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