EP68 蘇りし災厄と、絶望の猛毒
地下最奥の広大な神殿跡。
天井の瓦礫を押し広げ、暗黒の深淵から這い出してきたのは、誰もが目を疑うほどの神話級の巨躯だった。
――ズズッ……ガゴゴッ……!
かつて世界を揺るがした古の竜。だが、その姿は伝承に残る気高い黄金の巨龍ではない。全身は半ば白骨化し、剥き出しの骨と肉の間からは使徒の転移エラーによるドス黒い紫色のノイズが脈打っている。放たれるのは、すべてを生きたまま腐らせる最悪の死毒の瘴気だった。
「な……ばかな……っ!」
アイフェリスは青ざめた顔で両手を押さえ、震える声を絞り出した。
「我が一族の古文書に記された、かつて先祖たちが封印したはずの聖竜……! いや、違う! 私が知っている、あの気高かったドラゴンじゃない……! 何だあれは、あんなの、ただの――!」
「……使徒の影響か」
カイエンは魔剣を抜き放ち、冷徹に呟いた。その瞳の奥で、世界の理を狂わせるバグの波紋が不気味に広がる。
使徒の転移能力が遺構の深部に干渉し、地下深くに眠っていた太古の竜の遺骸を変質させ、最悪のバグの化身として再起動させてしまったのだ。
「ひっ……うそだろ……」
周囲を取り囲んでいたエルフの元老院の騎士たちが、次々とその場にへたり込んだ。戦意を失い、武器を取り落とす。
それもそのはず、竜が吐き出す死毒の瘴気は瞬く間に神殿跡全体へと蔓延し、吸い込んだ者たちの皮膚を紫色に変色させていく。
「がはっ……! こ、この毒は……身体が、溶ける……っ!?」
先ほどまでカイエンたちを威圧していたエルフの兵士の一人が、苦悶の声を上げながらその場で崩れ落ちた。さらに恐ろしいことに、毒に侵され、意識を失った者たちの肉体がみるみるうちに痙攣し、青白い光を帯びた「下級屍人」へと変異し始める。
「仲間に手を出すなっ……!」
味方だったはずの者が次々とゾンビ化して牙を剥く地獄絵図の中、アイフェリスは震えながらも気丈に結界を張ろうとしたが、濃厚な死毒の前にエルフの魔導結界はガラス細工のようにパキパキと音を立てて砕け散った。
「おい、懐刀。下がってろ」
カイエンが冷たく言い放ち、一歩前へ踏み出す。
死毒のアンデッド・ドラゴンが巨大な顎を開き、すべてを焼き尽くし腐らせる破滅のブレスを放とうと、その喉の奥を禍々しい光で輝かせた。
第22章:死毒のブレスと、崩れゆく防衛線
死毒のアンデッド・ドラゴンが巨大な顎を大きく開き、喉の奥に禍々しい紫色の光を収斂させる。すべてを焼き尽くし、あらゆる有機物を腐敗させる破滅のブレスが放たれた。
「――来るぞ!」
カイエンが踏み込み、漆黒の魔剣を鋭く振り抜く。
「断絶壱式・『虚空剥ぎ(こくうはぎ)』――!」
空間の理そのものを断ち切る神速の斬撃が、放たれたばかりの死毒のブレスと正面から衝突した。
次の瞬間、すさまじい閃光と共に地下神殿が揺れ動き、凄まじい大爆発が巻き起こる。衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばし、圧倒的な暴風が吹き荒れた。
「うそ……嘘でしょ……!? あの竜のブレスを、一撃で相殺した……どころか、空間ごと爆発させたって言うの……!?」
吹き荒れる熱風の中、アイフェリスは信じられないものを見る目でカイエンの背中を見つめ、驚愕に息を呑んだ。
だが、爆煙が晴れる間もなく、アンデッド・ドラゴンは禍々しい翼を羽ばたかせ、次なる一手へと移る。その口元から、周囲の石畳をも一瞬でドロドロに溶かす強烈な「酸の雨」が広範囲に降り注いだ。
「きゃっ……! 結界、展開っ――!」
アイフェリスが咄嗟に全魔力を込めた防壁を張り、自分と周囲の兵士を守ろうとする。しかし、使徒のバグを含んだ強酸の溶解液はエルフの魔導結界をも容赦なく侵食し、ギギギと嫌な音を立てて削り取っていく。
「ああっ、手が、溶ける……っ! 助けてくれ……!」
「うわああああっ――!」
アイフェリスの守りきれなかった隙間から、逃げ遅れた数人の兵士たちが酸の直撃を受け、断末魔の叫びを上げる間もなく、文字通り泥のように溶けて消えていった。
「くっ……!」
凄惨な光景にアイフェリスの顔が青ざめる。カイエンは酸の雨を軽やかな身のこなしで次々と回避しつつ、次の攻撃の隙(バグの綻び)を鋭く観察していた。
しかし、アンデッド・ドラゴンはさらなる異常な行動に出る。
全身から放つ瘴気を逆巻かせ、先ほど毒に倒れてゾンビ化した兵士たちの遺体を、次々と自身の巨躯へと「吸収」し始めたのだ。取り込まれた屍人たちの生命エネルギーが竜のコアへと逆流し、その体表の輝きがさらに凶悪なまでに膨れ上がる。
「生贄を喰らい、魔力を強制増幅させてやがる……っ!」
ドクン、と神殿の空気が脈打つ。アンデッド・ドラゴンの口元に、先ほどを遥かに超える禍々しい収束光が集まった。
放たれたのは、すべてを消滅させる吸収エネルギー・ビーム――『デス・レイ・バースト』だった。
「間に合わない……!」
直撃すればこの地下神殿ごと消し飛ぶほどの特大ビームが迫る中、カイエンは咄嗟に片手で足元の地面を力任せに叩きつけた。
「――『地脈解放・理律陣』!」
轟音と共に、カイエンの魔力が大地を伝わり、地下神殿の床から無数の青白い魔力の柱が噴き出して巨大な障壁を形作る。ビームと魔力の柱が激突し、世界が引き裂かれるような轟音が響いた。
だが、ゾンビの命を吸収して強化されたビームの出力は、カイエンのとっさの防壁の限界を優に超えていた。
「ぐっ……!」
魔力の柱がバリバリと音を立てて砕け散り、圧倒的な衝撃がカイエンを直撃する。防壁を貫いた余波が彼の体を襲い、カイエンは鮮血を微かに飛ばしながら、膝をつきそうになるほどの深いダメージを負ってその場に押し戻されたのだった。
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