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不適合者のレギュレーター  作者: シャロン=ミ
使徒の残滓戦争編

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EP63 地下の応急処置と、遠く離れた場所のラブコメ

地底の心臓部から響いた竜の咆哮が消え去った後、静まり返った地下回廊には、カイエンとアイフェリスの足音だけが重く響いていた。

「……っ」

 アイフェリスが壁に手をつき、小さく息を漏らす。先ほどの戦闘で屍人に引き裂かれた白銀のローブの隙間から、ほんのりと血がにじんでいた。この遺跡の空気は「理の崩壊」による汚染が激しく、充満する瘴気が彼女の傷口を容赦なく蝕もうとしている。

「おい、止まれ」

 カイエンが歩みを止め、アイフェリスの腕を引いた。

「手当てをする。ここは汚染がすごいし、瘴気も充満してる。傷口からバグが入り込めば、お前もあの屍人と同じようになるぞ」

「……っ、そんなこと、言われなくても分かって……」

 気丈に振る舞おうとするアイフェリスだったが、瘴気の重圧と疲労で足元がフラつく。カイエンは彼女を冷たい石畳に座らせると、自身の携行品から応急処置用の医療キットを取り出した。

「おとなしくしてろ。……それにしても、さっきの戦いを見て思ったが、お前、自分の身を投げ出しすぎだ」

 カイエンは手際よく消毒液を傷口にあてながら、淡々と口を開く。

「……あなたのその力なんなの? 魔術とも違う、肉体が自ら崩れて、世界そのものを書き換えるような……。あなたは何者なのよ、カイエン」

 怯えと疑念、そして深い好奇心が混じった瞳でアイフェリスが問い質す。カイエンは手を止めず、微かに自嘲の笑みを浮かべた。

「俺の力か? ……大したもんじゃないさ。ただ、世界のバグを削ぎ落とす代わりに、俺自身の存在のことわりも一緒にすり減っていく呪われた仕組みだ」

 カイエンは一瞬、遠い目をしながら続ける。

「……かつての自分の過ちみたいなもんだ。取り返しのつかない選択をした罰として、こうして世界のあちこちを巡り、歪みを削る役割を背負わされてる……そんなところだ」

「あなたの過ち……」

 アイフェリスが息を呑んだその時、カイエンは不意に顔をしかめた。

「え……?」

「傷口の周辺、もう瘴気で皮膚の理が歪みかけてる。このままじゃローブが邪魔で治療できん」

 カイエンが躊躇なくアイフェリスのローブの裂け目をさらに引き裂いた瞬間――ビリッという音と共に、彼女の肩からスレンダーで美しい胸元にかけての滑らかな肌が、夜の闇の中に露わになった。

「きゃっ……!? 何をするのよ、いきなり……!」

 アイフェリスは両手で自身の胸元を咄嗟に隠し、耳の先まで真っ赤に染め上げる。普段の冷徹な「女王の懐刀」としての仮面は完全に吹き飛び、一人のうら若い女性としての強烈な羞恥心が彼女を襲っていた。

「見栄張ってる場合か。あー、とりあえずこれを着てろ」

 カイエンは呆れたように自身の防護ジャケットを脱ぐと、ガバッとアイフェリスの肩から羽織らせた。

 ふわりと包み込まれた瞬間、彼女の鼻腔をくすぐったのは、荒々しい戦いの最中でありながらどこか落ち着く、カイエンの体温と微かなタバコや火薬の匂いだった。冷え切った地下の空気にさらされていたスレンダーな体が、彼の温もりによって急激に温められていく。

(……あたたかい……っ)

 ジャケットに包まれたままでいると、自分の心臓の音がうるさいほどに大きく響く。肌を伝うその熱が妙に心地よくて、恥ずかしさのあまりアイフェリスはカイエンから顔を背けた。

「っ……ば、馬鹿じゃないの……! 女の子の肌をそんな雑に……!」

 顔を真っ赤にしてそっぽを向くアイフェリスを見ながら、カイエンは「命拾いしたんだから文句言うな」と小さく吐き捨て、再び治療の続きに取りかかるのだった。


一方その頃、別の牢屋にて

 聖地の裏手にある別の罪人牢。

 石造りの冷たい床に転がりながら、マキマは突然、ピクッと耳をそばだてた。

「……ん? なんか今、遠くの地下の方から……ものすごい『ラブコメの波動』を感じたのでありますよ!?」

 ボサボサ髪をかきむしり、檻の鉄格子にしがみつくようにして叫ぶマキマの隣で、褐色肌のヒナが退屈そうに爪を整えながら首をかしげた。

「え、気のせいじゃないの? だいたい、あんな暗くてジメジメした地下遺跡でラブコメなんて起きるわけないじゃん」

「いいえ、絶対に気のせいではないであります! 私のエンジニアとしての勘が告げているのであります! あの不愛想なカイエンが、今絶対においしいシチュエーションをやらかしているはずであります!」

 悔しそうに地団駄を踏むマキマを、ヒナは冷めた目で見つめ、そしてニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「ふーん……。そんなに気になるならさ、今度からカイエンにアプローチするときは、私にコツを教えてあげようか?」

「なっ……! だ、誰がそんなこと頼んだでありますか! ……ていうか、ヒナ、あなた最近やたらと私をからかって楽しいのでありますか!?」

「えー? だって、顔真っ赤にしてるマキマを見るの、結構面白いんだもん」

「むきーッ! 覚えてるがいいでありますよ、この小娘め!」

 薄暗い牢獄の中に、マキマの悔しがる絶叫とヒナの楽しげな笑い声が響き渡る。

 ――恋の予感と、世界の崩壊が同時進行する中、彼らを待ち受ける「封印された竜」の待つ最奥部へと、物語は一気に加速していく。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

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また次話でお会いしましょう!

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