EP62 地底に眠る巨影と、剥き出しの真実
古の牢獄を脱したカイエンとアイフェリスは、聖地の地下深く――かつて繁栄を極め、そして地中へと沈んだ「消えた王国」の遺跡回廊へと足を踏み入れていた。
周囲の空気が一変する。
そこはもう瑞々しい森の聖域ではない。冷え切った石畳の壁にはおびただしい亀裂が走り、天井からは絶えず黒ずんだ不気味な液体が滴り落ちていた。空気そのものが毒されているかのように重く、肺を焼くような悪臭が立ち込めている。
「……ここが、数百年前に沈んだ王国の遺構……」
アイフェリスは特注のローブの裾を僅かに引き締め、研ぎ澄まされた気配で周囲を警戒する。その美しいスレンダーな体躯には、かつての王国を知る者としての恐怖と、懐刀としての強い緊張感が張り詰めていた。
その時、前方の闇がぐにゃりと歪んだ。
「……来るぞ」
カイエンが低い声で警告を発する。
暗がりの中から姿を現したのは、かつて王国を守っていたはずの兵士たちの残骸だった。しかし、その肉体はすでに生前の原型を留めていない。使徒の残滓と混ざり合った「理の崩壊」に侵され、全身が硬質な結晶と黒い腐肉で覆われた異形の怪物――**「屍人」**の群れだった。
その先頭に立っていたのは、かつて王国の近衛隊長であった成れの果てだった。巨大な双剣を異様な手つきで構え、音もなく、しかし凄まじい殺意を孕んで跳躍する。
「大使、下がれ!」
カイエンが踏み込み、魔剣を抜いて迎撃する。
激しい金属音が地下回廊に鳴り響いた。一合、二合と打ち合うたびに、カイエンの眉間が険しく歪む。相手は死してなお「王国の崩壊時」の強靭な武技を保っており、さらに肉体がバグによって異常な硬度を得ている。通常の剣撃では刃が立たない。
「くっ……!」
囲むように現れた他の屍人たちが、背後からアイフェリスへと襲いかかる。
「っ……舐めないで!」
アイフェリスは流れるような身のこなしで抜刀し、エルフ伝統の美しい剣技で迎撃する。しかし、相手の数が多すぎる上に、屍人から発せられる腐敗の瘴気が彼女の魔力を徐々に蝕んでいく。
一瞬の隙を突かれ、アイフェリスの足元が崩れた。屍人の鋭い爪が、彼女の白銀のローブを引き裂き、その滑らかな肌に浅い傷を刻む。
「大使!」
「その大使って呼び方やめて!」
戦闘の最中、アイフェリスが思わず叫ぶように声を荒げる。
「……分かった、アイフェリス。これ以上は、持たないか!」
カイエンが魔剣を地面に突き立て、その力を限界まで解放する。
次の瞬間、彼の肉体を構成していた理がパチパチと音を立てて剥がれ落ちた。黒いノイズが全身を走り、肌や衣服がデジタルなデータのように細かく分解され、再構築を繰り返す。
――彼の身体の「解体」が、周囲の空間そのものを歪ませていく。
「なっ……!?」
背後でその光景を目撃したアイフェリスは、あまりの異常さに息を呑んだ。
それは魔法などという次元ではない。人間の肉体が、生命の理から外れてバラバラに崩れ、そして一つの「破壊のコード」へと変貌していく悍ましくも圧倒的な現象。
「おい、目を逸らすな」
カイエンの声が響いた瞬間、彼の身体から放たれた「解体」の衝撃波が回廊を駆け抜けた。
物理法則も、魔術の防御も、空間の理すらも無視して、襲いかかってきた屍人たちの群れが、音もなく一斉に細切れの粒子へと分解されていく。それは一瞬の出来事だった。あんなに苦戦した異形の群れが、ただカイエンの「解体」の余波に触れただけで、文字通り存在ごと消し飛んだのだ。
静まり返った地下回廊に、荒い息づかいだけが残る。
カイエンは急速に肉体を元に戻しながら、わずかに顔をしかめた。解体の代償として、彼の肉体と精神には激しい疲労が突き刺さる。
しかし、それ以上に衝撃を受けていたのは、目の前でその一部始終を見たアイフェリスだった。
彼女は震える瞳でカイエンを見つめ、そしてその足元に散らばる「バグ」の残骸を見下ろす。
――彼の肉体の崩壊と、聖地を蝕む疫病のエラーコードが、完全に一致している。
「あなた……一体、何者なの……?」
アイフェリスの声は微かに震えていた。恐れか、それとも狂気か。
しかしその直後、地下回廊のさらに奥深く、地底の心臓部から、大地を揺るがすほどの重苦しい咆哮が響き渡った。
――それは、かつて王国を滅ぼし、今なお地底の奥底に囚われ続けている「封印された竜」の目覚めを告げる合図だった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
「続きが気になる!」「面白かった!」と思っていただけましたら、
☆☆☆☆☆評価やブックマークで応援していただけると、とても励みになります!
皆さまの応援が、執筆を続ける大きな力になります。
また次話でお会いしましょう!




