EP58 独房の密議と、崩れゆく聖域の理
白亜と生きた巨木が融合して造られたエルフの最高議事堂。
その厳粛なドームの円卓を囲むのは、純血の長老たち――『元老院』の面々だった。彼らの纏う衣は古の気高さを残しているが、その老いた瞳に宿るのは、理性を失った猜疑心と、人間に対する剥き出しの憎悪にほかならない。
議事堂の中央に立つアイフェリスは、冷徹な仮面を貼り付けたままであったが、その背筋には冷たい汗が伝っていた。
「……報告します。『古の牢獄』に幽閉した人間の男――カイエンの魔眼による観察結果によれば、聖域を蝕むこの疫病は、単なる生物学的疾患ではありません」
アイフェリスの言葉に、最長老のひとりが深く皺の寄った眉をひそめ、杖で床を突いた。
「ほう……あの卑しい人間どもが持ち込んだ穢れではないと申すか? アイフェリス、お前も人間の詭弁に毒されたか!」
「違います。あれは外界の理が崩壊して起こる『バグ』のような現象……かつて我が国が滅びかけた時代に記録された『消えた王国』の災厄の再来に……」
「黙れッ!」
元老院の門番が控える重厚な扉が震えるほどの怒号が、議事堂に響き渡った。
「『バグ』だと? 『理の崩壊』だと? そんな不気味な魔女の呪術ごとき戯言、我がエルフの伝統と高貴な歴史において、聞き捨てるわけにはいかん! 我らが森が枯れ、民が朽ち果てているのは、すべてあの忌々しい人間どもがこの聖地に悪しき魔術を持ち込み、森の怒りを買ったからに決まっている!」
「ですが長老方、現実を見なさい。あの男は、この病が通常の感染症ではない証拠を……」
「聞き飽きたわ!」
別の長老が冷酷にアイフェリスの言葉を遮る。その老いた顔には、事態を解決する知恵ではなく、ただ「悪者を見つけて処断したい」という狂気が浮かんでいた。
「森の怒り、そして人間の穢れ。これ以外の理由など存在せん。アイフェリス、お前には失望した。女王の懐刀と持て囃されてきたが、近頃の人間との接触で目が眩んだらしい」
元老院の長老たちは一斉に立ち上がり、容赦ない判決を叩きつけるように告げた。
「あの人間の男カイエン、およびその連れ添う異端の者どもを直ちに処刑せよ! そして、国境に控える人間どもへ全面戦争の布告を出す。これこそが、我がエルフ王国が誇りを取り戻す唯一の道だ」
「……っ!」
アイフェリスは美しい唇を強く噛み締めた。
――愚かだ。このままではエルフの民は、真の脅威を知らぬまま自滅する。元老院の老害どもの保身と偏見が、王国を本当の破滅へと導こうとしている。
彼女の脳裏に、牢獄の中で静かに、しかし冷酷なまでの確信を持って「解体してやる」と告げたカイエンの瞳がよぎった。
(……私に、残された時間は少ない。元老院が動く前に、あの男にすべてを賭けるしかないというのか……)
アイフェリスは長老たちの前で深く頭を垂れながら、その拳を血が滲むほどに強く握りしめていた。王国の存続と、己の信念の狭間で、彼女の防壁が音を立てて崩れ始めていた。
聖地の薄暗い独房。その石造りの壁を挟んで、二人の「囚人」は暇を持て余していた。
「あーあ、最悪であります。私の可愛いファンネルがただの文鎮にされるわ、湿気で髪はボサボサになるわ……もう人生のピークは過ぎたでありますよ」
ボサボサの髪をさらにクシャクシャとかきむしりながら、マキマが地面に体育座りで文句を垂れる。チビな体躯に不釣り合いな巨乳のせいで、帝国守備隊のジャケットの胸元が窮屈そうに突っ張っている。その隣の独房(壁の隙間からかろうじて顔と声が見える位置)では、褐色肌の少女ヒナが、スレンダーで無駄のないしなやかな手足を投げ出して退屈そうに爪をいじっていた。
ヒナは、純血エルフ特有の冷徹さとは無縁の、どこか野生の猫のような愛嬌のあるスレンダー美女だ。胸はそこそこといったサイズ感だが、抜群のスタイルをしている。
「ねえマキマ。そんなこと言ってないで、なんか暇つぶししようよ。牢屋でできるゲームとかさ」
「ゲームでありますか? そうですねぇ……じゃあ、『どっちが先にエルフの長老の悪口をバリエーション豊かに言えるか選手権』でもやるでありますか?」
「それ即処刑コースじゃん! もっとこう……心理戦とかさ。あ、じゃあ『連想ゲーム』ね。私から。『カイエン!』」
「はい即答。というか、それゲームのルールを完全に無視して、ただの愛しい人の名前を叫んでるだけでありますよ」
マキマがジト目を向けると、ヒナはケラケラと悪びれもせずに笑った。
「えー、いいじゃん。だって私たち、あの人のせいでこんなところに閉じ込められてるんだしさ。ねえ、マキマはさ、カイエンのことどう思ってるの?」
「……どうって、雇い主と従業員、あるいは命を預け合う共同戦線、それ以外の何があるでありますか」
「本当〜? だってさ、あの人、ピンチのときは絶対助けに来てくれるし、無愛想だけど頼りになるし……ぶっちゃけ、マキマも惚れてるでしょ?」
ヒナのからかうような視線に、マキマはピクリと肩を跳ねさせた。
「なっ……! な、何をバカなことを言ってるでありますか! 私はただ、あの男の持つ特異な『データ』と、帝国守備隊としての利害関係が一致しているから協力しているだけであって、決して恋愛感情とか、そういう次元の低いものでは――」
「あ、図星だ。顔真っ赤だよ、巨乳メカニックさん」
「赤くないであります! これは牢屋の湿気と、魔導結界のせいで血流が逆流しているだけであります!」
マキマが慌てて両手で自分の頬を隠す。その必死な様子に、ヒナはクスクスと意地悪な笑みを深めた。
「ふーん? じゃあさ、もしこの牢屋から出られたら、カイエンに『私と付き合ってください』って言ってみたら? 私がこっそり応援してあげるよ」
「な……な、な、なっ……!? な、何を恥ずかしいことを平然と言うでありますか――っ!!」
マキマの裏返った悲鳴のような声が、静まり返った牢獄の廊下に盛大に響き渡った。
あまりの動揺に、バランスを崩して自分の足につまずき、床に盛大に転がるマキマ。
「いてっ……! も、もうその話は終わりであります! 第一、カイエンみたいな無愛想な男のどこが良いのか、私にはさっぱり分からないでありますよ!」
「はいはい、ツンデレ乙ー」
ヒナが楽しそうに笑うのを聞きながら、マキマは顔を真っ赤に染め上げたまま、床に突っ伏して頭を抱えた。
――果たして、彼女の言う通り、この異端のパーティーのリーダーであるカイエンは、彼女たちの恋バナ(?)など知る由もなく、今まさにエルフ社会の深い闇を暴くための次の一手を巡らせていたのだった。
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