EP57 理(ことわり)のバグ、あるいは腐敗のプログラム
幕間:呪われた獣道にて
エルフの聖域へと続く、じめじめとした薄暗い獣道。
周囲の木々から不気味な視線を感じる中、マキマは背負った電子砲の調子を相変わらず気にしていた。
「ねえ、カイエン。本当にこんなジメジメした獣道で合ってるのでありますか? わたすの最新鋭のファンネルが湿気でショートしそうでありますよ」
「文句を言うな。案内してるのは俺じゃなく、そこのヒナだ」
カイエンが視線を向けると、ヒナは周囲の木々に仕掛けられたエルフの罠を華麗にスルーしながら、ニヤリと笑った。
「文句言うんじゃないよ、メカ女。ここから先は純血エルフの見張りもいない、アタシたち『半エルフ』の隠しルートさ。……にしても、アンタたち、道中もずっとそんな調子でコンビ組んでるのかい?」
ヒナが呆れたようにマキマとカイエンを交互に見る。
「コンビじゃないであります! わたすはあくまで、科学の真理を暴くための共同戦線であります!」
真っ赤になって否定するマキマの横で、カイエンは乾いた笑いを漏らした。
「ああ。朝起きたら胸に手が乗っかってたこと以外は、概ね平穏な旅路だな」
「なっ……! それは事故であります! 事故なんですってばカイエン様ぁ!」
「はいはい、お似合いのカップルだこと。……ほら、静かにしな。聖域の結界の壁が見えてきたよ」
ヒナが低い声で制すると、三人は木々の影に身を潜めた。
その視線の先で、月の光を浴びて青白く輝く巨大な結界ドーム――そして、そこに待ち構えるエルフの精鋭たちの影が揺らめく。
いよいよ、傲慢な聖域の懐へと飛び込む時が来たのだ。
話はEP53に戻り…
古の牢獄の冷たい鉄格子越しに、カイエンは一つの「実験」を強いられていた。
アイフェリスによって連れてこられたのは、全身が黒く変色し、皮膚が枯れ木のようになって息絶え絶えのエルフの感染者だ。元老院の監視の目が光る中、カイエンは魔剣の力を封じられた枷を鳴らしながら、その者に歩み寄る。
「……見せてみろ、お前の『病』をな」
カイエンが瞳の奥の「魔眼」を全開にした瞬間、彼の網膜に映る世界が鮮烈な色彩から、青白いコードと歪んだノイズの奔流へと変わった。
――それは、ただの病気などではなかった。
感染者の肉体を蝕んでいるのはウイルスや細菌ではなく、世界そのものの「ルール」を書き換える異常なデータ、すなわち使徒の残滓が撒き散らす「理の崩壊」そのものだった。細胞の生体情報が勝手にエラーを起こし、生命のプログラムが強制終了に向かって暴走している。通常の生命維持の理から外れたその「歪み」は、感染者の命を貪るだけでなく、周囲の空間や森の魔力そのものを汚染していく性質を持っていた。
「どうした、カイエン。何が分かる?」
冷徹な眼差しで背後から見下ろすアイフェリスに、カイエンは冷笑を浮かべて振り返る。
「お前たちの言う『森の怒り』でも、『人間が持ち込んだ穢れ』でもない。……これは、この世界の基礎プログラムがバグを起こし、腐り落ちている現象だ」
「……何を戯言を。それが病の原因だと言うのか?」
「ああ。しかもこのバグの性質……かつてエルフの王国が一夜にして消え去った時と同じエラーコードを拾っているぜ」
カイエンの言葉に、アイフェリスの完璧な仮面がわずかに揺らいだ。
消えた王国の伝説――それはエルフの歴史において最大にして最悪のタブー。かつて祖先たちが何かを「封印」し、その代償として国ごと消滅したとされる古の記憶。その「再発」を意味していると知れば、エルフ社会は恐怖とパニックで完全に崩壊するだろう。
一方その頃、別の牢獄にて
カイエンが世界の裏側の「バグ」を覗き見ている頃、聖地の別の区画では、全く異なるトラブルが起きていた。
「うう……私の可愛いファンネルがただの文鎮に……。許さない、絶対にお姉様がこの古代遺跡のメインフレームをハッキングしてやるであります!」
魔術適性ゼロの「異端の技術屋」マキマは、石造りの牢獄に転がされた壊れた電子パーツをかき集めながら、ぎりぎりと歯ぎしりをしていた。周囲に張り巡らされたエルフの魔力結界を逆手に取り、どうにか自前の端末を起動しようと悪戦苦闘している。帝国守備隊で培った彼女の執念は、魔法の聖地であっても「科学の理不尽な改造」を諦めていなかった。
そして、その隣の独房――。
「……ねえ、聞こえる?」
薄暗い罪人牢の冷たい床に寝そべっていた褐色肌の半エルフ、ヒナが声をひそめた。
彼女の独房の壁の向こう側、あるいは上の階から、地響きのような重苦しい足音が聞こえてくる。それはエルフの兵士たちのものではない。もっと巨大で、意思を持たない何かが、聖地の地下を徘徊しているような気配だった。
「……あれ、何だろ。エルフの連中が隠してる『秘密』って、もしかして……」
純血のエルフたちが恐れ、元老院が聖域の奥深くに隠蔽しようとしている「本当の脅威」の気配が、ヒナの鋭い野性の勘をビリビリと刺激していた。
疫病の蔓延、消えた王国のバグ、そして暴き出される聖地のタブー。
カイエンが「使徒の残滓幻影」へ至る道を探る中、エルフ社会の内部崩壊と、封印された「何か」の足音が、確実に近づきつつあった――。
ついに物語が動き出します!
戦争編はいろんな人々の思惑があるのでそこに注目してください
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