EP53 聖地の檻と異端の科学
潮風の匂いが薄れ、代わりに深い森の湿った土と、名も知らぬ草花の香りが鼻腔をくすぐる。俺は、鬱蒼と茂る巨木を見上げ、その異様なまでの生命力に目を細めた。彼らの足元を覆う苔は深く、踏みしめるたびに柔らかく沈む。ここは、人間たちの喧騒から隔絶された、エルフの聖域の入り口だった。
「やはり、来るべきではなかったか……」
俺の呟きは、森の静寂に吸い込まれていく。褐色の肌を持つ半エルフのヒナは、警戒するように周囲を見回し、背負った短剣の柄に指をかけた。その横で、ボサボサの髪をしたマキマは、無表情のまま背中のメカニック・デバイスを調整している。彼女の科学兵器が放つ微かな電子ノイズは、森の精霊たちの逆鱗に触れるかのように、周囲の草木を僅かに萎縮させていた。
俺たちの目的は、疫病の調査。しかし、聖域の守護者であるアイフェリス大使の「手段は問わない」という冷徹な言葉が、俺の胸に不穏な予感を抱かせていた。
その予感は、すぐに現実となる。
森の奥から微かな風切り音が聞こえたかと思うと、一瞬にして周囲の木々がざわめいた。俺が反応するよりも早く、ヒナが鋭く声を上げる。
「カイエン、来るよ! ……ただのエルフじゃない、精鋭の気配だ!」
その言葉と同時に、巨木の幹や枝葉の影から、無数のエルフたちが姿を現した。彼らは皆、森の色に溶け込むような深緑の軽装甲を身につけ、手には優美な曲線を描く弓や、葉の形をした短剣を構えている。
「囲まれたか……」
俺は状況を冷静に分析する。エルフたちは、俺たちの背後も含め、完全に包囲網を敷いていた。
「人間よ、これ以上、我らが聖域に足を踏み入れることは許さぬ」
中心から、一人の騎士が前に進み出た。彼は他のエルフよりも一回り大きく、全身を覆う重厚な甲冑には森の意匠が施されている。その顔には、人間に対する明確な敵意が刻まれていた。さらに、その背後から現れたスレンダーな長身の美女、アイフェリス大使が、冷ややかな視線を俺たちに向けた。
「私たちは、あなた方を害するつもりはない」
俺が交渉の余地を探るように言葉を発するが、アイフェリスは鼻で笑う。
「偽りであろう。貴様ら人間が、我らが森に持ち込んだ穢れを、これ以上広めさせるわけにはいかぬ。特に……その不快な鉄の塊を背負った異端よ」
彼女はマキマを指差した。エルフにとって、魔法以外の技術は「不快なノイズ」そのものだった。
「わたすの技術をノイズ呼ばわり? ……いいわ、ならその耳、もっと鳴らしてあげるであります!」
マキマが背中の電子砲を展開し、ファンネルを浮遊させる。魔法の聖域に響く駆動音は、エルフたちの神経を逆撫でするには十分だった。ヒナは苛立ちを露わに、敵意を剥き出しにするエルフたちを睨みつける。
「うるさいね! あんたたちの腐った排他主義には、昔から反吐が出るんだよ!」
「……交渉の余地はないようだな」
俺はため息をつくと、ゆっくりと魔剣の柄に手をかけた。
「ヒナ、マキマ。無理はするな。目的は疫病の調査だ。……最低限の応戦にとどめろ」
「分かってるって、カイエン!」
ヒナが先陣を切って影の中に消え、エルフたちの死角を突く。マキマもまた、ファンネルを一斉に起動させ、魔法結界を科学の力で切り裂こうと試みる。しかし、数に勝るエルフたちは、森の精霊の加護を受け、その動きはまるで風そのものだった。
弓兵たちが一斉に弦を引く。無数の矢先が俺たちに向けられた。
「森よ、我らが敵を縛れ!」
魔術師たちの詠唱により、地面から無数の蔓が生き物のように伸びてくる。マキマが電子弾を放つが、森の魔力がそれを中和し、デバイスからは火花が散る。
「くそぅ、テクノロジーを阻害する結界!?」
追い詰められた俺たちは、アイフェリス大使の合図とともに、完成したドーム状の光の結界に閉じ込められた。俺は魔眼を光らせ、構造を解析しようとするが、あまりに複雑で強固だ。
「諦めよ、人間。貴様らに、この聖域を突破することはできぬ」
アイフェリスは、冷徹な美貌のまま俺たちを見下ろした。抵抗を続けても状況は悪化するだけだ。
「……分かった。降伏しよう」
俺の言葉に、マキマは「チッ」と舌打ちし、ヒナは悔しそうに拳を握る。しかし、俺の目は、すでにこの絶望的な状況からの「脱出」を計算していた。アイフェリスは俺の瞳に宿る意志を見つめ、少しだけその表情を曇らせた。
連行された先は、かつての栄華を失った王国が眠る地下深くの『古の牢獄』だった。枷をはめられ、別々の独房に放り込まれた俺たちは、冷たい石の床で目覚める。
扉が開き、アイフェリスが一人で入ってきた。彼女は質素な衣装に身を包んでいたが、その気品は隠しようもない。
「目覚めましたか、カイエン殿。……貴様らのような異端者には、この地下がお似合いだ」
「俺を疫病の調査に利用するつもりか。……相変わらず効率的な判断だな」
「その通りです。使徒の転移を追う貴方様なら、この病の裏にある人為的な悪意も見抜けるでしょう。……もし我らが聖域に害をなせば、その時は容赦なく排除します」
アイフェリスは冷たく言い放つが、俺は彼女の指先がわずかに震えているのを見逃さなかった。彼女もまた、大使としての重圧と、王国が抱える闇の間で板挟みになっているのだ。
「……分かった」
俺が応じると、彼女は複雑な表情で踵を返した。
独房の中、俺は隣の壁を叩く。ヒナのシーフスキルが、そしてマキマの異端の科学が、この「古の牢獄」を内側から破壊する音が聞こえる気がした。
「ここからが、本当の調査だ」
灰の監視員の、新たな戦いは、この閉鎖された空間から始まる。
ついに新章が始まります!
使徒の残滓戦争編今後の物語に関わりますのでぜひ楽しんでください。
今回は、意図した訳ではないですが、パーティーは女性だけです。
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また次話でお会いしましょう!




