EP51 整理されるべき過去
処刑場の空気が、老人の怨念で凍りつく。
ヴォルクハルトは杖をリリアに向け、残虐な笑みを深めた。
「教えだと? 笑わせるな! お前の父バルタザールが、この処刑場でどれだけの命を『材料』にして、教団の繁栄という名の虚像を維持していたか知っているか!? お前が愛したその教えは、この血溜まりの上に積み上げられた死体の塔だ!」
リリアの指が凍りつく。父の慈愛に満ちた笑顔、お祖父様の厳格な教え――そのすべてが、この処刑場から吸い上げられた「犠牲」の代償だったという真実。彼女の瞳から光が消え、ハープを抱える腕が力なく震え始める。
「そんな……お父様は、そんなこと……」
「そうだ。お前たちの一族は、最初から共犯者だ! 私だけが追放され、この地獄で朽ちる謂れはない!」
ヴォルクハルトが杖を叩きつけると、無数の亡霊がリリアを飲み込もうと波のように押し寄せる。しかし、その刹那――黒い閃光が、亡霊の群れを両断した。
「――そこまでだ」
カイエンがリリアの前に立ち塞がる。その魔眼は、老人の背後に潜む「術式の核」を正確に捉えていた。
「過去に何があったか、お前の一族がどれだけ汚れているかなど、どうでもいい。……俺が興味があるのは、今この瞬間、俺の目の前で醜く喚き散らしている老害の整理だけだ」
「何だと……!」
「お前はディーヴァへの復讐を奪われたと言ったな。ならば、お前がそのディーヴァと同じように、他者の魂を食らう怪物に成り下がったという事実は変わらん。今のお前は、ただの『処理すべきゴミ』だ」
カイエンの冷徹な断罪に、ヴォルクハルトが激昂し、術式を暴走させる。処刑場全体が崩壊を始め、天井から岩石が降り注ぐ。絶体絶命の窮地。だが、リリアはその時、カイエンの背中越しに「光」を見た。
父の犯した罪も、大叔父の怨念も、すべてはこの血の歴史の一部。しかし、それを今終わらせることができるのは、自分しかいない。
「……そうですわね。お祖父様が本当に望んでいたのは、こんな血塗られた教団ではなく……」
リリアはハープを構え、震える指を弦に乗せた。
彼女は溢れる涙を拭いもせず、一音、一音に慈しみを込めて爪弾く。処刑場に響くのは、憎しみではなく、贖罪の旋律だった。
「――おじさま、皆様……どうか、健やかでありますように」
リリアが泣きながら奏でる鎮魂歌は、ヴォルクハルトの禁術を優しく塗り替えていく。
怨念に縛り付けられていた亡霊たちは、その音色に触れると、苦悶の表情を解き、穏やかな微笑みを浮かべて光の粒子へと還っていく。
「な、なんだこの力は……! やめろ、私の復讐を、私の地獄を消すな!!」
崩れゆく祭壇の上で、ヴォルクハルトが叫ぶ。その老いた身体は、リリアが紡ぎ出した赦しの旋律に飲み込まれ、粒子となって霧散していく。
「貴様ら……教団など……血の海に沈めばいい……ッ!」
最後まで呪詛を吐き捨てながら、ヴォルクハルトの存在は消滅した。
処刑場は静寂を取り戻し、先ほどまでの怨嗟の気配は嘘のように消え去った。カイエンは魔剣を鞘に収め、力尽きて膝をつき、まだ小さくすすり泣くリリアの元へ歩み寄る。
「……整理完了だ。お疲れ様、リリア」
リリアは涙を浮かべながらも、どこか晴れやかな顔で微笑んだ。教団の光と影、そのすべてを背負い、彼女は本当の意味で「自分だけの教え」を歩き出すための第一歩を踏み出したのだった。
大司教ヴォルクハルトとの死闘、そして教団の隠された血塗られた歴史との直面――ついにその因縁に一つの決着がつきました!
父や一族が背負っていた罪の重さに絶望しかけたリリアでしたが、カイエンの揺るぎない背中に導かれ、最後は彼女自身の「赦しと鎮魂の音色」で全てを浄化し、前へと進む強さを見せてくれました。ダークファンタジーの泥臭さと、そこから差し込む一筋の温かな光のコントラストを楽しんでいただけたなら幸いです。
実はアクアマリン編はこの復讐編を描きたくて、プロットを作りました!楽しんでいただけたら幸いです!
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