EP4 現場の調整
「……その短銃剣、次で折れるぞ」
薄暗い回廊に、カイエンの低い声が響いた。
ユウナは小柄な体を屈め、壁に背を預けて荒い息を吐いている。愛用の魔導短銃剣は先ほどの戦闘で刃こぼれを起こし、接続基部からは魔力漏れを示す蒼い火花がパチパチと散っていた。
「……仕方ないでしょ。予備もなければ、整備する工具もないんだから」
「お粗末な腕前を道具のせいでカバーできないようでは、先が思いやられるな」
カイエンは傍らに転がっていた、倒した近衛兵の残骸――『高出力魔導駆動ユニット』を足先で引き寄せた。
「ユウナ、短銃剣を渡せ」
「は? ……今更、どうする気?」
「最適化だ。お前のその『お粗末な腕前』を補正し、リソースの出力を安定させる」
カイエンは迷いのない手つきで工具を走らせた。彼は短銃剣のカバーを外すと、内部の精密な魔力導管を露出させた。鈍く光る銀色の基板の上に、鹵獲したユニットから取り出した『過給回路』を、顕微鏡を覗き込むような集中力で組み込んでいく。
繊細かつ無駄のないカイエンの指先を見つめながら、ユウナはぽつりと呟いた。
「……あんた、本当に帝国の監査員だったのね」
「どういうことだ……?」
「だって、そんな難しい顔してるのに……人の武器はちゃんと直すんだなって」
カイエンの工具を走らせる手が、ほんの一瞬だけ止まった。 彼は少しだけ黙り込み――やがて何事もなかったかのように作業を再開した。
カチリ、と微細な音がして回路が噛み合った。
「……本来は同期しないはずの出力回路を、あえてバイパスで繋ぐ。こうすれば銃撃の反動を魔力で相殺しつつ、刃の斬撃強度を二割底上げできる」
仕上げに刃の付け根に魔力収束用のレンズを固定し、カイエンは無造作に短銃剣を差し出した。
「できた」
ユウナがそれを受け取る。 その瞬間、彼女の細い腕にズシリと確かな重みが伝わった。
単なる重量ではなく、密度が増したような感覚だ。刃の重心は手元に完璧に配置され、銃身の横には敵から剥ぎ取った放熱用のフィンが美しく整列している。
「これ……! 刃のバランスが、さっきとは別物……!」
ユウナは新しく生まれ変わった短銃剣を握り直した。
だが、力を込めた瞬間。
「……違う」
カイエンの手が伸びた。
「え?」
次の瞬間、彼の指がユウナの手首に触れる。
「握り方が悪い」
「……っ」
ユウナの肩がわずかに跳ねた。 触れられた手首から伝わる熱に一瞬息をのんだが、カイエンは気にも留めず、彼女の指の位置を一つずつ修正していく。
「ここに力を入れすぎている。これでは斬撃時に魔力の流れが乱れる」
「……普通、そこまで見る?」
「見る」
カイエンは当然のように答えた。
「武器の性能を引き出せなければ、持ち主の生存率が下がる」
「またそれ……」
ユウナは呆れたように息を吐く。
いつも通り、彼は何もかもを数字と効率で語る。
けれど――。
その指先は、壊れた武器を直す時と同じくらい丁寧だった。
彼は道具を大切にしているのではない。 その武器を握る人間を、生き残らせようとしているのだ。
「……分かった」
ユウナは教えられた通りに握り方を変えた。
不思議だった。 帝国では、兵士は命令を遂行するための駒だった。 でも、この男は違う。 厳しい言葉を投げながら、誰よりも生き残る方法を考えている。
「……変な人」
「何か言ったか?」
「別に」
ユウナは小さく笑った。
「ただ……少しだけ、あんたのことを信用してもいいかもって思っただけ」
「くだらないことを考えている暇があるなら、照準を駆動部の一点に絞る集中力を養え」
カイエンはフンと鼻を鳴らすと、フライング気味に再び歩き出した。
「はいはい。……お粗末な腕前、見てなさいよ」
ユウナはボブカットの髪を揺らし、新しく馴染んだ短銃剣のグリップを強く握り直して、カイエンの背中を追う。
掌に伝わる確かな冷たさと、奥で脈動する魔力の鼓動。 先ほどまでの危うげな空気は消え、彼女の瞳には、自分の剣と隣の男を信じ切る者特有の静かな熱が宿っていた。
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