EP3灰の行進
『灰の庭』での殺戮が終わり、静寂が戻った。
舞い落ちる灰は、まるで世界が最期に纏う死装束のようだ。カイエンはその中を、背筋を伸ばして淡々と歩いている。
その後ろを、ユウナが半歩遅れてついてくる。
小柄な体躯に、少しばかりサイズの大きい帝国軍の制服。肩で揺れる茶色のボブカットは灰を被って色を失っていたが、その瞳にはまだ消えきらない火が残っていた。
「……あの、カイエンさん」
ユウナが沈黙を破る。その声は、戦闘中とは違ってわずかに震えていた。
「どうして助けたの? あんたは元帝国所属でしょ? 私がただの『捨て駒』だって分かってたはずでしょう? この塔を封鎖するための、使い捨ての防壁だってことくらい……」
カイエンは歩みを止めない。灰を踏み締める乾いた音だけが、回廊に響く。
「分かっていた」
「じゃあ、なぜ……!」
「リソースの無駄だからだ」
カイエンは振り返りもせず、冷徹に言い放った。
「その『命令』とやらに従って全滅していれば、この塔のシステムに余計な負荷がかかっていた。お前が生きていれば、システムを一時的に攪乱する『変数』として機能する。……俺の管理下において、部下の生存率は高い方がいい」
(……それに、手が届く場所にいたからだ)
カイエンは心の中で、苦い吐息とともに付け加えた。 表に出すつもりなど微塵もない理由。
思考の裏に、かつて崩壊する街で救えなかったあの少年の姿が過る。 差し伸ばした手が届かず、紫色のバグの亀裂へと消えていった幼い背中。腕の中で急速に温もりを失っていった命。 「助けられなかった」という過去の残像が、目の前で死にかけていた少女と一瞬だけ重なったのだ。
(……二度も目の前で、手遅れになるのを見過ごす趣味はない)
ツンと不機嫌そうに思考を切り離すと、カイエンは感情を殺した仮面を被り直した。
だが、ユウナは彼の「リソース」という冷淡な言葉に、怒りで拳を強く握りしめた。
「――っ! なによそれ、結局は計算通りってこと!?」
ユウナはカイエンの背中に詰め寄る。
「私だって……バカじゃないわ! 帝国が、上層部が腐ってることくらい薄々分かってた! でも……私にはハイル兄さんがいたの! 同じ騎士として、背中を追いかけてきた兄さんが……っ!」
カイエンの足が、ピタリと止まった。
ユウナの瞳に、悔しさと葛藤の涙が滲む。
「『腐った帝国なんて捨てろ』って簡単に言わないで! 帝国軍人として、騎士として私が信じて進んできた時間まで……全部否定されたくない! 命を懸けて守ろうとした誇りまで、ゴミみたいに捨てるなんてできない……!」
単なる盲従ではない。 大好きだった兄と同じ騎士を目指し、自分なりの信念を持って戦ってきたからこその切実な叫び。
カイエンは静かに振り返り、背中越しに彼女を冷ややかに見下ろした。
「……ユウナ少尉。状況を整理しよう」
その低く静かな声に、ユウナは気圧されるように息を呑んだ。
「俺はお前の誇りも、歩んできた過去も否定していない。……だが、命令に殉じてここで死ねば、その誇りを証明する者すら残らない」
カイエンは一歩踏み出し、ユウナの視線と真っ直ぐに交差させた。
「自分の頭で考え、泥を這ってでも生き残るルートを選択しろ。自分の信じた誇りを守るために生きて戦う……それが、この死にゆく世界で騎士として生き残るための『最適解』だ」
「――っ」
ユウナは唇を強く噛みしめた。 突きつけられた現実と、カイエンの言葉に込められた圧倒的な説得力。 彼女は深く息を吐き出すと、乱れた制服の襟を正し、力強い瞳でカイエンを見上げた。
「……少尉、じゃないわ。ユウナ。私の名前よ」
彼女は誇り高く、どこか挑戦的な笑みを浮かべた。
「私の命の使い道も、誇りの証明の仕方も、自分で決める。あんたの言う『最適解』……私が生き残って証明してやるわ。……連れて行って、カイエン」
カイエンは微かに口角を上げると、視線を再び前方の暗闇へと向けた。
「そうか。……なら、目標を再設定する」
カイエンは腰の剣柄に手をかけ、狂った魔力振動を吐き出し続ける塔の上層を見据えた。
「――『空の柱』を停止させる。行くぞ、ユウナ」
「了解!」
灰に沈んだ塔の中で、二人はまだ知らなかった。
この出会いが、世界の歪みを解く最初の鍵になることを
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