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灰の監視員(レギュレーター・アイ)  作者: シャロン=ミ


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EP2 生存確率の選別

『灰の庭』を抜けた先には、常識が崩壊した光景が広がっていた。

高度2万メートル。雲海よりもなお高いこの場所で、塔はさらに上層へと伸びている。だが、塔の周囲を囲むのは空ではない。眼下に広がる雲海が、あたかも凪いだ海のように、静かな波を打って揺らめいているのだ。

陽光を反射し、黄金色に輝く雲の海。

あまりに幻想的で、あまりに残酷な絶景。

帝国の魔導技術が塔の周囲に「海」を模した力場を形成し、かつてこの場所で優雅な空中庭園を営んでいた名残だろうか。

だが、その幻想はすぐにかき消された。

「――誰か! 誰かそこにいるのか! 返事をしろ!」

澄んだ、だが切羽詰まった少女の叫び声。

黄金の雲海を背景に、塔の回廊の一角で、少女が三体のゴーレムに追い詰められていた。彼女が振るう剣は帝国騎士の制式だが、すでに刃はこぼれ、防具も半壊している。

カイエンは物陰からその光景を観察し、冷徹に「選別」を開始した。

(近衛兵とは違う。塔の守護プログラムがより高次な個体を生成したか)

(少女は――帝国軍、第7分隊所属。階級は少尉。生存率は……現状で3%以下。敵の増援が来るまで、あと120秒)

カイエンは心の中で数値を弾き出す。

この少女を助けることは、「リソースの活用」において正解か。それとも、単なるノイズか。

少女がゴーレムの重い一撃を盾で受け、その衝撃で回廊の外壁まで突き飛ばされる。彼女はうめき声を上げ、膝をついた。死の境界線は、すでに目の前にある。

「……くそっ、このままじゃ……!」

少女が絶望に瞳を揺らしたその時、彼女の視界にカイエンの姿が捉えられた。

彼女の表情に、藁にもすがるような色が浮かぶ。

「おい、そこの! 誰だか知らないが……帝国軍人なら、命令だ! 今すぐ加勢しろ! 生存して塔を維持しろ、それが我々の任務だ!」

彼女の言葉は、帝国の「命令」という呪いに縛られている。

カイエンは、その「命令」という言葉を聞いて、眉をわずかにひそめた。

「……命令か」

カイエンは魔剣の柄に指をかけ、一歩だけ前に出た。

「お前のその『任務』、現場の現状把握すらできていない無能な上層部の遺言に過ぎない。……だが」

カイエンは冷酷なまでに整った瞳で、少女を見下ろした。

「俺の管理下に入るなら、助けてやってもいい。……俺がこの戦場を立て直す間、最低限の働きができると証明してみせろ」

カイエンは魔剣を引き抜いた。

その剣先が雲海の光を吸い込み、鈍い黒光りを放つ。

「さて、状況を整理しよう。――残り110秒だ。生き残りたいなら、俺の指示に従え」


ゴーレムたちが少女へと殺到する。カイエンは少女を庇うこともしない。ただ、冷徹な指示を飛ばす。

「右足の負荷を確認しろ。その重装甲ゴーレムの動力源は、左膝の駆動関節にある。……おい、盾を構えるな。それじゃ重心が浮くぞ」

「は……? なんでそんなこと、あんたにわかるのよ!」

少女が叫ぶのと同時に、カイエンが床を蹴った。

その動きは、少女の視界から一瞬で消えるほどの加速だった。帝国の監査員として磨き上げた、対象の構造を「解体」する直線の機動。

カイエンは少女の盾をかすめ、ゴーレムの懐へ滑り込む。

「指示1。正面の個体を回避しろ。指示2。左の個体の関節部に、お前の持っている予備の魔石を叩き込め」

「無理よ、届かない!」

「計算しろ。あと0.5秒で、敵の排熱機構が全開になる。その隙を突くのがお前の役割だ」

カイエンの声には迷いも慈悲もない。ただの「作業」としての指示。

少女は歯を食いしばり、必死に剣を振るった。カイエンの指示通り、ゴーレムが排熱のために動きを止めた刹那、彼女の剣先が正確に動力源を貫く。

「……あ」

ゴーレムが断末魔の蒸気を上げ、巨体を崩した。

それは、少女がこれまで必死に戦っても倒せなかった敵が、たった一つの指示で「最適化」された瞬間だった。

カイエンは止めを刺すこともせず、残る一体のゴーレムの首を、魔剣の鈍い一撃で「脱臼」させるように剥ぎ取った。


「……終了だ。合計時間、指示から32秒」

立ち尽くす少女の前に、カイエンは冷ややかな背中を向けて立つ。

「お前の剣技は、イマイチだな。無駄な軌道が多い。だが、指示を即座に実行するレスポンスだけは、評価してやる。生存確率は……今、3%から20%に上がった」

カイエンは血の混じった灰を制服の袖で拭い、少女を振り返りもせずに言い放つ。

「この現場の指揮権は、俺が引き受ける。……ついて来い。俺のプラン通りに動けば、生きて塔を降りられる可能性が出てくる。……俺がこの塔を正常化した後にな」


「……あんた、名前は!」


「カイエン。……しがない『調整屋』だ。この場所で狂ったシステムと、君たちの無駄な犠牲を――ひとつずつ、整理して回っている」


カイエンは歩き出す。少女は戸惑いながらも、その背中に引き寄せられるように、瓦礫の庭を追いかけた。

朗読ありがとうございます。

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書き溜めしてるので、テンポよく投稿していきます!

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