EP45 決戦使徒ディーヴァ
「さあ、歌いましょう。魂の溶けるまで」
歌姫が吐息と共に旋律を紡ぐと、神殿の空間そのものが高周波の振動で満たされた。
リリアの瞳がうつろになり、膝から崩れ落ちそうになる。脳内に直接、真珠の冷たさと海のような重圧が流れ込んでくる。
「クソッタレが……! 化け物め!」
ジンが咆哮と共に跳躍した。空中で『氷の爆裂弾』と『炎の爆裂弾』を連続投擲する。相反する温度が衝突し、凄まじい衝撃波が歌姫を襲うが、彼女の周囲に浮かぶ真珠たちが光を放ち、障壁を展開した。爆風はまるで水面を叩くように静かに霧散し、歌姫には傷一つ付かない。
「……あら。熱いのも、冷たいのも嫌いですわ」
歌姫が無表情で指を鳴らすと、周囲に漂う「眼球付きの真珠」が弾けた。中から溢れ出したのは、かつてこの神殿でバルタザールに従っていた信徒たちだ。だが、彼らの肉体は使徒の力で異形化し、異常なほどに硬質化している。
元信徒たちの猛攻が襲いかかる。一撃ごとに神殿の床が砕けるほどの怪力。ジンがその牙を避けた瞬間、ふと真珠の眼球と視線が合う。
「……あぁ、綺麗だ……」
ジンの眼から光が消えかける。その隙を見逃さず、異形の信徒が牙を剥く。
「ジンッ、目を覚ましなさい!!」
ガザムが盾を捨てる代わりに、自身の闘気を極限まで高めてジンの背中を殴打した。黄金の光がジンを包み込み、精神汚染を強引に引き剥がす。
「――っ!? あぶねぇ……!」
ジンは冷や汗を拭い、荒い息を吐く。ディーヴァは表情のない顔で、けれど楽しげに歌い続ける。
「もう少しで、彼らも楽園に行けたのに。……残念ですわ」
カイエンは魔剣を抜き放ち、脳髄を切り裂くような頭痛に耐えながら、周囲の盤面を冷静に俯瞰した。
歌声は空間の理そのものを支配している。音の振動に、真珠の配置、そして信徒たちの動き――。
「……整理しよう。この盤面を打破できるルートを」
カイエンの言葉とは裏腹に、歌声はさらに激しさを増す。頭蓋骨の内側からハンマーで叩かれるような激痛が走り、視界が二重に揺れる。
信徒たちの数は増え続け、出口のない殺戮の舞台が完成しつつあった。
「リリア、ガザム、ジン! ……歌声を遮断するだけじゃ足りない。あの『真珠』を一つずつ、狂いのないリズムで叩き割るぞ!」
絶望的な数の信徒と、沈黙を許さない歌姫。カイエンは痛みに歪む顔を上げ、魔眼で歌姫の背後に潜む「データの綻び」を探り続けた。
「……ちっ、ジリ貧だな。このままでは全滅するぞ」
カイエンは魔剣で信徒のナイフを弾き飛ばしながら、戦況を切り捨てた。周囲は、異形化した信徒たちの自爆と刺突の嵐。ガザムが盾代わりの闘気でその全てを受け止めるが、神殿の壁を伝って吸い上げられる魂のエネルギーが、使徒の力を際限なく肥大させている。
リリアは限界を超えた集中で精神障壁を展開していたが、その額は脂汗に塗れ、肌からは血の気が引いていた。
「しっかりしろ、リリア! ここで折れたら終わりだ!」
ジンの怒声が響くが、リリアの視線は虚空を見つめたまま焦点が合わない。
その時、ディーヴァが美しくも無機質な微笑を浮かべ、両手を天に掲げた。神殿の墓碑から、かつての信者たちの魂が悲鳴を上げて吸い出され、彼女の周囲に無数の真珠が集合する。
「終焉の調べ――『真珠の葬送』」
彼女が歌い上げた瞬間、数千もの真珠が光り輝き、超高速の弾丸となって全方位へ解放された。
「ぐわぁっ!?」
防壁を構えたガザムごと、四人は神殿の壁まで吹き飛ばされた。ガザムの背中が石壁を粉砕し、ジンはボーガンを投げ捨てて瓦礫に埋もれる。
カイエンは魔剣に力任せに縋り付くが、衝撃で肺が潰れるほどの圧力を受けた。
――そして、リリアの精神が限界を迎えた。
弾幕の衝撃で吹き飛ばされたリリアの瞳から光が消え、彼女の意識は深い泥沼へと沈んでいく。
視界の端に、先ほど吸収されたばかりの父、バルタザールの姿が真珠の中に浮かんでいるのが見えた。
「……あ……お父様……?」
無数の眼球がリリアを見つめ、彼女の魂を真珠の核へと引きずり込んでいく。抵抗する術も残っていない。リリアの身体が人形のように力なく糸が切れたように倒れ込む。
(あ、またお父様と一緒に……静寂の中へ……)
意識が暗転し、精神が吸い込まれようとしたその刹那。
カイエンの魔眼が、ディーヴァの「歌の合間」に生じる、わずかな揺らぎを捉えた。
(……見えた。歌声と真珠のエネルギーサイクル……共鳴の波長が重なる瞬間、防壁が一瞬だけ『無防備』になる)
だが、その攻略法を実行に移す前に、リリアが――戦いの要である聖職者が、このまま真珠に囚われようとしている。
「リリアッ!!」
カイエンの咆哮が神殿にこだまする。盤面を打破する鍵は掴んだ。しかし、その鍵を回すための仲間が、今まさに消え去ろうとしていた。
20時に使徒との決戦がラストスパートとなります!
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