EP44 使徒との邂逅
神殿へ足を踏み入れた瞬間、四人は言葉を失った。
かつての死者供養の場。幾千もの墓碑が壁を埋め尽くすその空間は、重苦しくも息を呑むほどに美しい。だが、漂う空気は静寂というよりは「死そのもの」の気配を孕んでいた。
「……ッ」
リリアが小さく息を呑み、カイエンの袖を強く掴んだ。その指先は氷のように冷たい。
ガザムは戦いの予感に身を震わせながら、深く祈りの言葉を口ずさむ。ジンはボーガンを構え、その重厚な死の気配に舌打ちをした。
「ここが、終着点ってやつか……」
神殿の中央に、一人の老人が立っていた。気高く、しかしどこか虚ろな瞳をした教団の大司教、バルタザールだった。
「お父様……ッ!?」
リリアの呼びかけに、バルタザールは歪んだ笑みを浮かべて振り返る。
「リリア、よく来てくれた。……待ちわびていたぞ。これで『静寂の殻』は、真の意味で復活する!」
「お父様、無事で……何を言っているのですか?」
リリアが駆け寄ろうとしたその時、背後の祭壇が音を立てて開いた。
現れたのは、巨大な真珠母貝と一体化した使徒。その禍々しい気配に、バルタザールが恍惚とした表情で吸い込まれていく。
「――お父様!?」
リリアの絶句を切り裂き、巨大な真珠母貝が観音開きにその全貌を晒した。
祭壇を埋め尽くすような巨大な貝殻の中心に鎮座していたのは、使徒『真珠の歌姫』であった。
その上半身は、磨き上げられた白磁のような肌を持つ美しい女体。しかし、その瞳には光が宿っておらず、表情はどこまでも無機質で、人形のように虚ろだ。腰から下はぬめりとした真珠母貝と癒着しており、彼女の鼓動に合わせて、貝殻の端が呼吸するようにゆっくりと開閉を繰り返している。
最も悍ましかったのは、その周囲を取り巻く無数の真珠たちだ。
宙に浮かぶ真珠のひとつひとつに、湿り気を帯びた「眼球」が張り付いている。それらは生気なく、しかし確実にこちらを視認しており、まばたきをするたびに粘液のような光沢を放つ。その眼球はかつてこの神殿で供養されていた死者たちのものか、あるいは信者たちのものか――。無数の視線が一行をねっとりと舐め回す光景は、正気を削り取るには十分すぎた。
「ようこそ、愛しき迷子たち」
歌姫が口を開く。その声は、楽器のように澄み渡り、同時に鼓膜を内側から擦るような不快な響きを伴っていた。
「貴方たちの悩みも、苦しみも、すべてこの真珠に閉じ込めて差し上げますわ。永遠の輝きとなり、私の一部となるのです。……それが、ディーヴァの慈悲です」
歪んだ慈悲を説くその使徒の姿を見た瞬間、四人は経験したことのない恐怖に直面した。
全身の産毛が一斉に逆立ち、皮膚が粟立つ。カイエンの魔眼が、その存在の「桁違いの質量」を強制的に脳髄へと叩き込んできた。
(……ソラティスで感じた使徒の残滓など、児戯に等しい)
カイエンの心臓が早鐘を打つ。脳裏を支配したのは、「勝てるのか?」という根源的な問いだった。
ジンは喉の奥で獣のような唸り声を上げ、本能的に後ずさる。ガザムの額からは滝のような冷汗が噴き出し、彼が積み上げてきた聖職者としての精神が、その禍々しいオーラに軋み音を立てていた。
リリアはその場に立ち尽くし、父を吸収した使徒のあまりの美しさと悍ましさに、呼吸を忘れていた。
神殿全体が歌姫の調べに共鳴し、空間そのものが濁った海の中のように重く歪んでいく。彼らは今、バグという枠組みを超えた、神に近い異形の前に立たされていた。
まだまだ、投稿いたします!応援よろしくお願いいたします!
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
「続きが気になる!」「面白かった!」と思っていただけましたら、
☆☆☆☆☆評価やブックマークで応援していただけると、とても励みになります!
皆さまの応援が、執筆を続ける大きな力になります。
また次話でお会いしましょう!




