EP39 消化管の庭
湿り気を帯びた迷宮の奥へ進む。道中に現れる小型の「使徒」の残滓は、カイエンの的確な剣筋によって、音もなく「整理」されていく。
(……来るな。空気が歪んでいる)
カイエンは内心で毒づいた。ただの生物ではない。この空間全体が、高濃度の『使徒』のエネルギーに浸食されている。監査員として鍛えた魔眼が、壁の脈動から放たれる悪意ある信号を捉えていた。
「……おいおい、マジかよ」
ジンが肩で息をしながら、呆れたように呟く。
「お前の指示、いちいち的確すぎてびっくりだぜ。俺たちがこれまであちこちで痛い目を見たのは何だったんだ? お前みたいな監査員が先にいてくれれば、俺たちはあんな風にやられなかっただろうによ」
「……状況が噛み合っただけだ」
カイエンは短く切り捨てる。不確実な可能性に期待する余地は、このバグだらけの世界にはない。
その隣で、ガザムが静かに大盾を背負い直す。聖座の重厚な装備は、この空間の澱んだ空気の中でも、どこか場違いなほどの浄潔さを保っていた。
「ジンよ。過去の失敗を嘆くのは良いが、今この瞬間も、どこかで仲間が生きている可能性を捨てるな。我ら聖座の教えにもある。最後の灯が消えるまで、救済の機会は残されているのだ」
「……分かってるってば。お前の説教は、いつ聞いても耳に痛いぜ」
ジンは少しだけ気まずそうに顔を背け、努めて明るく笑って見せた。
「でもよ、俺たちが今さっき全滅させた、あのニュルニュルしたザコ敵の中に奴らはいなかった。……つまり、まだあいつら(敵の主)の食卓にはなってねぇってことだろ?」
ジンはボーガンを握り直し、不敵な笑みを浮かべる。
「あいつらの胃袋に入れられる前に、俺の手で回収してやるさ。……さあ、行くぜ。このぬるぬるした悪夢を終わらせるんだ」
三人は顔を見合わせ、さらに深層へと足を踏み入れる。カイエンの視界の端で、空間の「歪み」が、いよいよ核心へ向かって濃さを増していった。
(……ここからだ)
カイエンが魔剣の柄に手をかける。その魔眼には、扉の向こう側で空間そのものが悲鳴を上げ、高純度の『使徒』エネルギーが渦巻いているのが視認できていた。
「使徒の力が、これまでの個体とは比較にならない。……ジン、お前にも来ているか」
「ああ、ひしひしと伝わるぜ……。これまでの連中とは圧が違う。背筋がゾワゾワして、吐き気がするほどにな」
ジンはボーガンの弦を極限まで引き絞り、獣のように身を低くする。
リリアは震える指先で紋章に触れ、静かに、しかし確信を持って告げた。
「……ここは、テラガラパゴスの『第一脊髄』です。この先に、ただなら無い気配を感じます。」
彼女の言葉を聞き、ガザムが前に出る。その重厚な大盾には、すでに闘気が纏わされていた。彼は仲間たちを見回し、低く、力強い声で促す。
「皆、気を抜くな。これまでの使徒たちも強敵であったが、奴は格が違う。……この濃密な死の気配、獲物を喰らうためだけに存在する『捕食装置』だ」
カイエンは無言で頷き、魔剣を抜く。
扉の隙間から、ドロリとした濃密な甘い腐敗臭と、生き物のような脈動音が漏れ出した。
重い扉が、音もなく内側へ滑り込む。
そこに広がっていたのは、赤黒い液溜まりが波打つ、広大な胃袋の庭だった。
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