EP34 澱(おり)の遺跡と、血の供物
神殿を抜けた一行が辿り着いたのは、島の下層に広がる古びた石造りの遺跡だった。
湿った壁面には蔦が這い、至る所に古びた法具や、教団の紋章が刻まれた石板が打ち捨てられている。だが、そこは安らぎの場ではなく、かつて祈りを捧げた者たちが「肉の澱」と化した死の迷宮だった。
遺跡の床には、幾筋もの溝が彫られていた。そこには乾燥した黒い血の跡がこびりつき、迷路のように奥へ続いている。
「この溝……嫌な予感がするな」
ジルが眉をひそめてボウガンを構える。その直後、足元の石畳が微かに震えた。
溝から血が溢れ出し、それが空中で凝固して「針」となって一行の周囲を囲い込んだ。
「罠か! 出血の霧……吸い込むと肺が焼けるぞ!」
霧が遺跡内に充満し、ジルとガザムの肌に触れた箇所から、じわりと出血が始まる。それは傷を負わせるためのものではなく、対象の体力を奪い、戦意を削ぐための「環境殺」だった。
その霧の奥から、地響きと共にその異形は現れた。
身長3メートルを超える巨躯。ボロボロの修道服を纏い、顔の半分が崩れ落ちた「修道女の成れの果て(山姥)」だ。彼女は巨大な数珠を鎖のように振り回し、床の溝へ血液を流し込んでは、そこからさらに霧を発生させていた。
「ああ……ああ……祈りが……届かない……」
山姥の裂けた口から漏れるのは、聖歌の残響。
リリアは、その修道女が腰に下げていた「教団の校章」を見て、絶句した。
「……嘘。あれは、私が神学校で一番慕っていた……シスター・エレーナ……?」
リリアの瞳から光が消える。信仰の拠り所としていた存在が、血を撒き散らす怪物と化して目の前にいる。リリアは膝から崩れ落ち、震える手で自らの胸を押さえた。
「こんなの……神様なんて、いない……。私たちは、こんな姿になるために祈っていたの……?」
リリアの心に深いヒビが入る。その刹那、山姥が数珠を叩きつけ、血の衝撃波がリリアを襲う。
しかし、その前に影が差し込んだ。
カイエンが瞬時に割って入り、魔剣で衝撃波を弾き飛ばす。彼は山姥の攻撃による出血で自らの腕が赤く染まっても、表情一つ変えない。
「リリア。耳を塞げ」
「カイエン……でも、エレーナ先生が……」
カイエンは、崩れ落ちるリリアの視界を、自分のマントで無造作に、だが乱暴にならないように覆った。
「見るな。……あれはもう、お前が知っている人じゃない。システムという病に冒されただけの『残りカス』だ」
「でも……」
「祈りが救いになるなら、あんな姿にはなっていない。……リリア、お前が救いたいのは、あんな風に成り果てた成れの果てか? それとも、これから生きようとする意志の方か」
カイエンは魔剣の切っ先を山姥に向け、冷たく突き放すように言った。
「泣くのは後だ。俺の背中を見ていろ。邪魔なものは全部、俺が切り刻んで灰にしてやる」
カイエンは血の霧を真っ向から突き破り、山姥の懐へと飛び込んだ。
出血で滑る足場も、彼には障害にならない。魔剣が一閃するたび、山姥が流す血を吸い込み、剣身がより黒く、より鋭く輝きを増していく。
「さて、『整理』の時間だ」
カイエンの剣が、山姥の首を正確に両断した。
巨体が崩れ落ち、遺跡内に溜まっていた血の霧が、蒸発するように消えていく。
カイエンは肩で息をしながらも、すぐに振り返りもせず先へ歩き出した。
その背中は、迷うリリアを導くように、暗闇の奥へと進んでいく。
お読みいただきありがとうございます! 作者のシャロンです。
いかがでしたでしょうか? リリアにとって最も残酷なトラウマである恩師・シスターエレーナとの対決。信仰の崩壊と絶望の淵に沈むリリアを、一切の迷いなく庇い、容赦なくも圧倒的な背中で導くカイエンの姿が最高に渋かったですね……! 血の霧が満ちる死の迷宮を突き進むパーティの行方は果たして……!?
そして、次回の更新について少しだけ予告させていただきます!
殺伐とした死闘が続いたここまでとは打って変わって、次回はちょっとだけ「甘い」回をお届けします……! 極限状態のなかで垣間見せる、キャラクターたちの意外な一面や、ほんの少しの休息と甘味(?)に悶絶していただけること間違いなしです! お楽しみに!
「カイエンさんの『泣くのは後だ』のイケメン度エグい」「リリアちゃんのメンタルが心配すぎるから次回の癒やしに全ベットする」「ガザムとジルの会話も気になる!」などなど、今回の感想や次回への期待をぜひコメント欄で教えていただけると、作者の執筆スピードが三倍になります!
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それではまた、次回の更新(甘い回です!)でお会いしましょう!




