EP23 水の都と狂信者
アクアマリンの運河は、午後の陽光を浴びて宝石のように煌めいていた。
カイエンは人波をかき分け、波止場に近い広場へと足を進める。街の喧騒の中、一際異彩を放つ男がいた。
大柄な体躯を漆黒のフルプレートで包み、頭部は厳格な角刈り。重厚な大盾を背負ったその騎士は、噴水の前で説法を解いていた。
「――神の恩寵は海のごとく遍く。だが、その静謐を乱す濁流には鉄槌を。我ら『聖輝騎士団』の盾は、迷える子羊を護るためのもの。……強き祈りは、鋼よりも固い鎧となる!」
男の声は朗々としており、騒がしい街の音を突き抜けて響く。
カイエンは足を止め、その男を観察した。
彼が盾を地面に突き立てると、周囲には淡い黄金色の光が広がる。集まった人々は、その光に包まれてどこか安心した表情を浮かべていた。
(……うるさいな)
カイエンは眉をひそめ、冷めた眼差しを向けた。
何でもかんでも神の権威を借り、大げさな身振りで他人の感謝を先取りするその様は、カイエンから見れば自己陶酔の塊にしか見えない。この「善意の押し売り」とも言える過剰な演出が、カイエンの神経を逆なでしていた。
(あんな派手な格好と説教では、隠密行動など夢のまた夢だ。……関わりたくないな)
背を向けて立ち去ろうとした、その時だった。
群衆の隙間を縫うように、一人の少年が猛然と駆け抜けた。
「ひったくりだ! 誰か、財布を捕まえてくれ!」
怒号と共に逃げるスリと、立ち尽くす人々。
だが、事態は一瞬で収束した。
カイエンが瞬時に歩を詰め、逃走経路の先でスリの肩を掴んで地面に叩き伏せる。同時に、角刈りの大柄な騎士が、その重量感のある巨体でスリの行く手を完全に封鎖していた。
「……逃げ道は塞がせてもらった。大人しく観念しろ」
低く唸るような声で命じると、スリは顔を引きつらせて降伏した。
騒ぎが収まると、大柄な騎士は財布を取り戻した町人の肩を大きな手で叩き、大声で笑った。
「礼など無用! 人を助け、秩序を守る。それが神の教えであり、騎士の道! さあ、皆の者、我が祈りが淀みを祓ったぞ!」
また始まった、とカイエンが溜息をついた時、騎士がひょいとカイエンの前に立ちはだかった。
「見事な足さばきだった、名もなき戦士よ! 礼を言わせてくれ。……礼の印に、この街で一番旨い酒を奢らせてくれ。堅苦しい場所は性に合わんだろう? 街の裏通りに、美味い串焼きを出す店があるんだ」
断る間もなく肩を組まれ、カイエンは不承不承、裏通りの居酒屋へと連行されることになった。
――賑やかな酒場の隅。
聖職者はエールジョッキを豪快に空け、角刈りの頭を掻きながら笑う。
「俺はガザム。聖輝騎士団のしがない門番だ。貴殿、名は?」
「……カイエンだ」
「カイエンか! いい名だ。貴殿、ただの旅人じゃないな? 目が、戦場に生きる者のそれだ」
カイエンは突き出された串焼きを一口かじり、無表情に答えた。
「あんたこそ、ただの門番には見えん。……だが、言っておくが、俺は信仰だの神だのには興味がない。俺が追っているのは、この街に潜む『異物』だ」
「はっはっは! 異物か、上等だ! 信仰なき者でも、悪を討つ心さえあれば我が盾が守ってやる。俺の魔法は、貴殿の剣筋をより鋭くするぞ」
ガザムがグラスを打ち鳴らす。
その屈託のない笑顔を見ていると、カイエンは改めて思う。この男は、自分とは全く異なる論理で動いている。……だからこそ、計算外の事態が起きた時に、予想を超えた壁になってくれるかもしれない、と。
「……勝手にすればいい。ただし、足手まといになるなら置いていくぞ」
「望むところだ!」
水の都で結ばれた、奇妙な二人組。
そこへ、教団の生き残りである少女リリアが、憔悴しきった姿で店に入ってくる。物語がいよいよ動き出そうとしていた。
朗読ありがとあございます。
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