EP22 潮風と青い影
アクアマリンへと向かう貨物船の船倉で、カイエンは浅い眠りの中にいた。
天城でソラリスを討ったはずの剣が、夢の中では鈍色に錆びつき、自らの指を汚していく。
――『……ねえ、忘れたの?』
耳元で響くのは、鈴を転がすような、それでいて氷のように冷たい女性の声。姿は見えない。だが、その声が告げる言葉は、カイエンの魂を直接震わせた。
――『あなたは「構築者」の手を振り払った。……だから、世界はこうして壊れていくのよ』
「……誰だ、貴様……!」
カイエンは夢の中で叫び、呼吸が乱れる。周囲の景色がドロドロと溶け出し、無数の破片となって彼を押し潰そうとする。逃げ場のない圧迫感に、カイエンの額から冷や汗が噴き出した。
「――っ!」
弾かれたように目を開ける。船倉の薄暗い天井を見つめ、肩で大きく息をつくカイエンの隣に、通りがかった船員が心配そうに覗き込んでいた。
「兄ちゃん、大丈夫か? 酷くうなされてたけど、船酔いかい?」
船員の手には、運搬用の積み荷のリストが握られている。カイエンは乱れた呼吸を整え、努めて冷静な声で答えた。
「……あぁ、大丈夫だ。少し酔ったかもな」
船員は「ならいいんだが、無理はするなよ」と気さくに笑い、去っていった。
(……あの声はいったい……。ただの悪夢にしては、あまりに鮮明すぎる)
カイエンは自身の右手を握りしめる。夢の中で聞いた「構築者」という言葉と、あの女性の声の残響。それが、これから降り立つ街に潜む「使徒」と関係しているのではないかという予感が、胸の中で不吉に渦巻く。
やがて、船のスピードが緩まり、霧が晴れていくような開放感と共に、船員がデッキの向こうを指差して叫んだ。
「兄ちゃん、外に出てみな! もうすぐ到着だ。ここが貿易都市、水の都アクアマリンだ!」
船倉を飛び出し、デッキへ駆け上がったカイエンの目に、その光景が飛び込んでくる。
朝陽を反射して宝石のように輝く海。海面から幾重にも重なるように伸びた白い石造りの街並みは、まるで水面に浮いているかのような錯覚を抱かせる。無数の運河が街を縫い、そこを行き交う小舟や巨大な商船が、色とりどりの帆をなびかせていた。
運河には活気溢れる市場の香りが漂い、街の至る所にある噴水が太陽の光を浴びて虹を作っている。
それは空の柱の冷徹な管理社会とは対極にある、あまりに自由で、あまりに爽やかな「生」のエネルギーに満ちた都市だった。
しかし、その美しい景観の裏側で、カイエンは先ほどの夢の残響と、この街に漂うかすかな「使徒」の異質な気配を感じ取っていた。
「……随分と華やかな場所だ。だが、ここにも毒は潜んでいるわけか」
カイエンはアクアマリンの活気に目を細めながら、魔剣の柄にそっと触れた。
この水の都で、彼はどのような「使徒」と邂逅することになるのか――。船が岸壁に接岸する衝撃と共に、カイエンの新たな旅が幕を開けた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
『アクアマリン編』、いよいよ開幕となりました。
空の柱での激闘を終え、束の間の休息……とはいかず、さっそく不穏な悪夢からスタートしたカイエンの新たな旅路。前回の張り詰めた空気とは打って変わって、今回は水と光に満ちた貿易都市「アクアマリン」が舞台となります。運河、市場、そして街を彩る鮮やかな活気――いわゆる「街歩き・都市探索もの」のワクワク感を詰め込んでみました!
しかし、そこはやはりカイエンの旅。華やかな景観の裏側では、早くも「構築者」の影や「使徒」の気配が蠢き始めています。夢の中の声の主は一体誰なのか? そして、水都の美しい笑顔の裏に隠された「毒」の正体とは――? 次回から本格的に動き出す都市編、どうぞお楽しみに!
作者より一言:
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