EP21:天の柱・番外編 — 『俺以外、全滅だ』
雲海の上、月光に晒された廃墟が静かに浮いていた。かつての栄華の欠片が歪な重力で結合し、夜空に浮かぶ巨大な墓標――『星柩の浮島』。
漆黒のタクティカルギアを纏った三十名の影が、音もなく甲板へと降り立つ。帝国第9特殊部隊『黒鵺』。ハヌス少尉はマスク越しに浮島の全域をスキャンした。その瞳に映るのは、排除すべきノイズだけだ。
かつての栄華を象徴するその場所には、カイエンたちが残した微かな魔力の残留思念が漂っていた。帝国第9特殊部隊『黒鵺』小隊長ハヌスは、その気配を確信し、冷酷に告げる。
「獲物の足取りはここで途絶えている。……隠れ家としては最高だが、墓場としても十分すぎる場所だ」
通信機からは、帝国の冷徹な機械音声が流れる。
『――優先事項:当該浮遊城の徹底調査、およびソラリスシステムの完全破壊。生存者の確保は不要。一切の証拠を灰に帰せ』
ハヌスはゴーグルを調整し、死の領域を見つめた。
「了解。……帝国に不要なものは、一つ残らず排除する」
漆黒のタクティカルギアに身を包んだ三十名の影が、夜の雲海から浮上するその島を視認していた。青白い月光を浴びて輝く浮島は、まるで死者の国が宙に浮いているかのような、幻想的でありながらも吐き気を催すほどの冒涜的な光景だった。
「……標的を確認。これより作戦を開始する」
ハヌスの冷徹な号令の下、黒鵺の精鋭たちが動く。
ハヌスは迷いなく人員を割り当てた。十名の強襲チームを率いて浮島の中心部へ、残る二十名は外縁部での作戦管理および完全撤収の準備へと回る。
部隊は魔導工学の極致、AK47型の魔法銃剣を低く構え、闇そのものに溶け込むようにして死の領域へと足を踏み入れた。
島の内壁は、機械と腐敗した人肉が癒着した異質な空間と化していた。
歩を進めるたび、壁の奥底から湿った音が響く。
「救いを……」
「なぜですか、カズ様……」
プログラムされた論理と、使徒の力が混ざり合って生じる「記憶のノイズ」。かつての領民たちの未練が、無機質な機械音声となって反復しているのだ。
同行する隊員の一人が、瓦礫に突き刺さった怪物の残骸を見て一瞬だけ足を止めた。それが、かつてこの領地で笑っていた誰かの残滓だと気づいたからだ。
「……少尉、あれは」
「標的の認識に迷いは不要だ」
ハヌスは銃口を向ける角度すら変えず、冷徹に言い放つ。
「それはもう、かつての人間ではない。ただの肉の塊と、故障したデータの残骸だ。任務以外の感傷は、死を早めるだけだぞ」
その瞳には、憐れみも、恐怖も、感情の波紋ひとつ浮かんでいない。ハヌスはカイエンにも似た、無駄を排した最短ルートを突き進む。
迷いなくトリガーを絞る。響く銃声は、死者に弔いを告げる鐘ではなく、ただ「不要な雑音」を処理する事務的な音に過ぎなかった。
ハヌスにとってこの任務は、誰かの罪を葬り、歴史を浄化するための……極めて効率的な『清掃作業』でしかなかった。
「掃討を確認」
「少尉、楽勝っすね。ゴミ掃除みたいだ」
「軽口は慎め。ここは帝国が地図から消した場所だ」
「はいはい。早く任務を終えて、帝国でブルストを食いたいっすね」
他愛のない笑い声。だが、玉座の間に足を踏み入れた瞬間、空気が凍りついた。
闇の深淵から現れたのは、かつて英傑と謳われた領主、カズ・カワオイ。今は機械と肉が癒着した異形の怪物だ。
「おい、あいつか?」
部下たちが銃口を向けたその瞬間、カズが動いた。
あまりの速さに、魔法銃剣を構える暇すらない。カズの無銘の剣が音もなく閃く。
――二筋の光が走った。
左右を固めていた二名の部下は、悲鳴すら上げられなかった。彼らの肉体は腰から上下に美しく分断され、断面から噴き出した鮮血が床を赤く染め上げる。
「――っ! 散開!」
部下たちが一斉に魔法弾を放つ。だがカズは不敵に笑い、「ふふふっ」と嗤いながら、飛来する魔弾を剣先一つで空中で弾き飛ばした。弾道計算を狂わせるような変幻自在の剣技。
カズの姿が残像となって揺れる。瞬きする間に、カズは隊列の中心へ躍り出た。
「――三段。」
刹那、機械の駆動音とともに閃光が三度走る。隊員三名の胸元から腹部にかけて、芸術的ですらある三段の裂け目が刻まれた。彼らは内臓をこぼしながら、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「馬鹿め! この間合いならこっちが有利だ!」
恐怖に駆られた残りの三名が、カズの死角を突こうと銃剣を突き出す。だが、カズは吸い込まれるような居合の構えをとった。
「居合――『星落』。」
鋼の擦れる音さえ聞こえぬ一閃。三名の部下は胴体から真っ二つにされ、その死体は壁に張り付くように倒れ伏した。
玉座の間に残ったのは、ハヌス少尉と一人の軍曹だけだった。
「軍曹、俺があいつの隙を作る。合図をしたら撃て」
ハヌスは銃剣を捨て、ナイフ一本でカズの懐へ肉薄する。凄まじい鍔迫り合い。火花を散らしながら、ハヌスはカズの筋肉の収縮を、重心の移動を観察し尽くした。
(――三段目の踏み込みが深い。重心が右にずれる)
「今だ!」
合図とともに軍曹が放った魔法弾がカズを撃ち抜く。カズが沈み、軍曹が「クリア!」と駆け寄った、その時。床に転がっていたカズが、死にかけの執念で体を跳ね上げた。
「――殺してやるッ!!」
カズの放った光の斬撃が、軍曹の胸元を正確に引き裂く。血を吐き倒れる軍曹。
ハヌスは倒れた部下の足元に転がっていた銃剣を拾い上げる。
「ジ・エンドだ」
乾いた発砲音が一つ。カズの額を貫き、死神は沈黙を命じた。
ハヌスは部下の死を一瞥もせず、淡々と銃をホルスターへ戻す。
「……効率的だな。部下の死すらも、標的を仕留めるためのコストに過ぎん」
ハヌスは、死した領主カズの異形を跨ぎ、かつての「天の柱」の中枢へと足を向けた。そこには、ソラリスの残滓と共に、石像のように固まったマヤ・コヨリノの残骸が鎮座していた。
かつて同期のカイエンがその才能を認め、ドラゴがその技術に魂を感じた男。今やそれは、ただの石化した偶像に過ぎない。
ハヌスはコンバットナイフを抜き、その冷たい胸部へと歩み寄った。
「……マヤ・コヨリノ。お前の作った『感情』は、結局、死ぬほど非効率なノイズに過ぎなかったな」
ナイフの切っ先が、石化したマヤの額に当てられる。ハヌスはかつて一度だけ、帝国の施設で彼と言葉を交わしたことがあった。その時、マヤが口にした「機械に魂を」という熱っぽい言葉を思い出す。
「お前が求めた『神』は、俺が今、ここで、幕間を引いてやる。これが、お前の最期にふさわしい、静かな終わりだ」
ハヌスは一突きで、マヤの記録媒体ごと、その石化した脳髄を砕いた。
砕け散る石の欠片は、かつて天才と呼ばれた男の、最後の一片の情熱だった。ハヌスはそれを一瞥もしない。ただ、血に染まったグローブを脱ぎ捨て、荒涼とした部屋を後にした。
「……誰も、何があったか知らない方が平和だ」
暗闇の中、ハヌスは星柩の浮島から離脱する。
外縁で待機していた隊員たちが、漆黒の機体から降りてくるハヌスを見つけ、駆け寄った。
「少尉、お疲れ様です! 掃討は完了ですか? カズの首は?」
隊員が期待の眼差しを向ける。ハヌスは表情一つ変えず、ただ一言だけを吐き捨てた。
「……俺以外、全滅だ」
その言葉の冷たさに、隊員たちは息を呑んだ。9名の部下を率いて突入し、帰還したのはたった一人。しかし、その瞳には悔恨も、疲労さえも微塵も宿っていない。
隊員の一人が、引きつった笑みを浮かべて呟く。
「……どんな戦地でも、あんただけは必ず戻ってくる。まるで……本物の死神だな」
ハヌスは答えない。ただ、夜の帳へ深くその身を沈めていく。
帝国はまた一つ、天才の悲劇と9の命を歴史の闇へと葬り去った。それはあまりにも静かで、効率的で、そして死神にふさわしい……完璧な処理だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回お送りしたエピソードは、物語の裏側で暗躍する帝国軍の「死神」、ハヌス少尉に焦点を当てた番外編でした。
彼のような冷徹な存在がいるからこそ、カイエンたちが挑む『アクアマリン編』の危機感がいっそう際立つ……そんな視点でお楽しみいただければ幸いです。
番外編を通して、帝国の抱える闇と、その容赦のなさを少しでも感じていただけたなら嬉しいです。
物語はいよいよ、再び現在の時間軸へ――。
次は、カイエンたちの前にどのような試練が待ち受けているのか。次回の「アクアマリン編」からも、引き続きお付き合いください!
朗読ありがとうございます!
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