EP20【過去編・天の柱】異端の設計者 - 崩落の記憶(2/2)
「……礼を言う。だが、お前、おもちゃ遊びなんて興味ないはずだろ」
天の柱・第7技術部、薄暗い研究室の隅。ドラゴは溜息をつき、自作の機械生命体――関節が外れ、首から上があらぬ方向を向いた『おもちゃ』を拾い上げた。
マヤ・コヨリノは徹底した合理主義者だ。無駄な遊びに機械を割くドラゴの趣味を、冷ややかな視線で突き放すに違いないと思っていた。
「興味はない。だが、いい腕だ」
マヤは顕微鏡から顔を上げ、細い指先でドラゴの機械を弄んでいた。その手つきは肉屋のように無機質だが、驚くほど繊細だ。彼は机の上にあったオレンジジュースを一口啜り、無造作にドラゴの方へ機械を滑らせた。
「0.2ミリ噛み合わせがずれていた。それじゃあ効率的に歩けんだろう」
拍子抜けしたドラゴは、手渡された機械を受け取った。先ほどまでカクついていた関節が、驚くほど滑らかに駆動している。
「……お前、機械に感情があるなんて笑うか?」
マヤが問いかける
「いや、俺もそう思うよ。魂は、魂を込めた分だけ宿るはずだ」
マヤは初めて柔らかく笑った。それが、二人が交わした最後の「人間」としての会話だった。
かつて、優秀な領主がいた。名はカズ・カワオイ。
彼は若くして剣術を極め、王の御前でその妙技を披露し、一目置かれた英傑だった。女遊びは激しいが、領地統治は極めて優秀。空の柱の建築が決まると領地は経済的に潤い、彼はまさに順風満帆の絶頂にいた。
しかし、空の柱に次元の亀裂が走り、「使徒の力」が漏れ出したその日、全てが狂い始めた。
カズの屋敷は、夜な夜な異様な熱気に包まれるようになった。
領民たちは幻聴を訴え、自分の体を切り刻み、機械と肉を融合させるという狂気の儀式に没頭していく。カズ自身も例外ではなかった。彼は「この力を使えば、民は死を超越できる」という妄想を抱き、拉致した子供や若者たちを次々と地下の実験場へ放り込んでいた。
「ドラゴ少佐、あの屋敷には近づくなと警告したはずだ」
マヤは領主と結託していた。カズが差し出す「材料」を使い、マヤは禁忌の機械騎士を量産していた。
ドラゴは、地下室で目撃した。かつて街を歩いていた顔馴染みの女が、半身を機械に置換され、意識を奪われたまま徘徊する姿を。
「……ここまでのことだとは、聞いてない」
ドラゴは震える拳を握りしめ、実験室の配管を破壊した。怒りに任せて警備の兵をなぎ倒し、この冒涜的な実験場から背を向けた。
「俺は技術屋だ。壊すのも直すのも得意だが、人を呪いにするためにお前と組んだわけじゃない!」
その夜、マヤはドラゴの離反を意に介さず、強硬手段に出た。
カズが持ち込んだ「使徒の結晶」が、マヤの組み込んだ感情アルゴリズムと共鳴する。
「見てくれ! これが完成した心だ!」
天の柱が、断末魔のような悲鳴を上げた。
施設が空中に浮き上がり、重力が狂う。屋敷、実験場、そして領民たちが空中で分解し、結晶と混ざり合う。
「逃げろ、マヤ! それは制御できない!」
カイエンの必死の叫びも、マヤには届かない。彼は暴走するソラリスの中枢へと飲み込まれながら、陶酔しきった笑みを浮かべていた。
崩壊した天の柱は、雲の上で無惨にねじ切られ、複数の浮島へと分断された。
崩壊した屋敷、機械と肉の残骸、そして意志を失った怪物が、歪な反重力によって空中に固定されている。
空を見上げれば、そこには鉛色の雲を背にした「中州」がいくつも浮かんでいる。
かつての栄華など、遠い夢物語だ。
ただ、冷たい風だけが吹き抜ける。それはまるで、神に挑戦し、そして見捨てられた者たちの墓標のように、空中に沈黙して浮かんでいた。
ドラゴは、手元に残ったあの『おもちゃ』を強く握りしめた。
空に浮かぶのは、もうかつての友人ではない。
ただの、救われない亡霊たちが蠢く、呪われた浮遊城だった。
いかがでしたでしょうか。
天の柱の崩壊、そしてマヤやカズを待ち受けた狂気と悲劇の幕開け。技術者たちの執念と「使徒の力」がもたらした代償は、あまりにも大きすぎるものでした。雲の上に浮かぶ呪われた浮遊城には、未だ多くの謎と、救われない亡霊たちが眠っています。
朗読ありがとあございます!
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