EP19【過去編・天の柱】異端の設計者 - 崩落の記憶(1/2)
「天の柱」の研究室に足を踏み入れた瞬間、鼻をつくのは鉄の錆びた匂いと、冷え切った空調の機械音だった。
「よう、監査官殿。またお堅い顔で現れたな」
モニターの光に照らされたその男は、異様に細い指先を高速で動かしていた。マヤ・コヨリノ。かつて准将まで上り詰めながら、軍の基幹システムを気まぐれにハッキングして遊んだ挙句、中佐まで降格処分を受けたという、帝国軍きっての異端児だ。
彼は魔法適正を持たない。だが、その頭脳だけで周囲を圧倒し、努力の果てに佐官の地位を勝ち取った男でもある。
「……マヤ。またそんな端末を弄っているのか。軍のセキュリティを突破する技術があるなら、もっと他に有効な使い道があるだろう」
カイエンは呆れたように息を吐き、無造作に散らばった資料を避けて歩く。マヤは椅子を回転させ、眼鏡の奥で不敵な笑みを浮かべた。その瞳には、寝食を忘れて研究にのめり込む者特有の、ぎらついた熱が宿っている。
「効率、か? お前らしいな、カイエン。だがこれは俺にとっての正義なんだよ」
マヤは背後の巨大な装置――『ソラリス』を指差した。鈍い黄金色の光を帯びたそれは、ただの兵器ではない。マヤが心血を注いで完成させた、防御システムに「感情」を組み込むという、前代未聞の最高傑作だ。
「魔法が使えない奴らが、適正者という名の兵器に食い潰されるのを見るのはもう御免だ。俺は適正などなくとも、心と機械さえあれば神にだって勝てることを証明したい」
その言葉は一見、高潔な理想に聞こえた。だが、今のカイエンにはわかる。かつて肩を並べて笑い合った同期の横顔には、今の自分には理解し得ない、狂気にも似た「飢え」が張り付いている。
「マヤ、深入りするな。軍の上層部がお前をこの閑職に追いやったのは、お前の才能を危険視したからだ。これ以上、彼らの逆鱗に触れれば……」
「逆鱗? 違うな。俺は彼らを見下ろしてやるんだよ。このソラリスが完成した時、帝国は俺の正しさを認めざるを得なくなる」
マヤは再び画面に向き直った。その背中を見つめながら、カイエンはふと嫌な予感に襲われる。
彼は優秀だ。誰よりも計算高く、努力家だ。だが、今のマヤは「周囲が見えていない」。
かつての戦友であり、唯一無二の理解者であったはずの友の瞳から、少しずつ、人間らしい温もりが消え失せているような――そんな寒気が、カイエンの背筋を這い上がっていった。
「マヤ……」
「警告は不要だ、監査官。今はただ、この最高の瞬間を見届けてくれ」
窓の外、雲を突き抜けるように聳え立つ「天の柱」が、微かに揺れた気がした。それは、破滅へのカウントダウンが始まった合図だったのかもしれない。
朗読ありがとあございます。
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