EP142 疾風の翼と漆黒の羽
グランプリ予選は、さらに熱気を増して続いていた。 カイエンが圧倒的な装甲で瓦礫を粉砕して突破したCブロックの衝撃冷めやらぬまま、ついにAブロックのレースが始まろうとしていた。
「さあ続いてはAブロック! 登場したのは……おおっと、歓声の大きさが段違いだーっ! 工都の愛されアイドル機体、《カーピー》が来たーーーーッ!笑」
実況の絶叫とともにコースインしてきたのは、鮮やかなピンク色に塗装された小柄なパワードスーツだった。
他チームの無骨でメカメカしい機体とは一線を画す、まるで一羽の可愛らしい小鳥を思わせるしなやかで洗練されたシルエット。超軽量化を極限まで追求したフレームは無駄な装甲を削ぎ落とし、細身の脚部と背中の小さな可変翼が愛くるしく輝いている。
「へへっ! 《レギュレーター》のバカ強度の後だと余計にかわいく見えるでしょ!」
コクピットの中で、モエはヘルメット越しに八重歯を覗かせてニッと笑った。
「カーピーちゃ~ん! 頑張れーっ!」「ガレージ・クラフツファイトー!」
観客席から飛ぶ大歓声。モエの乗る《カーピー》は、その愛らしい見た目と、モエの卓越した軽量化技術が生み出す圧倒的な軽快さで、工都でも屈指の人気を誇る名物機体なのだ。
『Aブロック、スタート!!』
シグナルが青に変わった瞬間、《カーピー》はピンクの閃光となって弾け飛んだ。
シュイィィィンッ!
「はやーい!」「なんだあの初速は!?」
他の機体が重厚なエンジン音を響かせて加速する中、《カーピー》はまるで風そのものになったかのように滑らかに地を蹴る。極限まで削ぎ落とされた車体重量が生む、圧倒的なパワーウェイトレシオ。
第1コーナーの急カーブ。他の機体が減速に苦しむ中、《カーピー》は小さな可変翼を軽やかに旋回させ、まるで空中を舞うように最小限のラインでコーナーを滑り抜けていく。
「見よ、この旋回性能! 壁にぶつかるどこかの重戦車とは違うのよ!」
華麗に、そして圧倒的に速い。 追従しようとした大型機体が旋回についていけず膨らむのを横目に、《カーピー》は一度もトップを譲ることなく、見事なステップで予選Aブロックを1位でストレート通過してみせたのだった。
◇
そして――予選最後のDブロック。
『さあ、注目の最終Dブロック! 本命中の本命、漆黒の怪鳥とナナ・クロムウェルが出走です!』
重苦しい歓声の中、黒の装甲に血のような赤ラインが走る《ブラックバード》が静かにスタートラインについた。
だが、その周囲を固める他の機体たちの雰囲気が、どこか異様だった。 それは敵対する大手スポンサー企業が送り込んだ、手段を選ばない悪質なレーサーたち――『ラフプレーヤー』の集団だった。
『スタート!!』
シグナルが点灯した直後、事件は起きた。
グォォォォンッ!
「なっ……!?」
スタートと同時に、4機の大型機体が露骨に《ブラックバード》へ幅寄せを開始したのだ。 前後左右をガチガチに固め、進行ルートを完全に塞ぎ込む。コース外の強化壁へと強引に押し付け、クラッシュさせようとする露骨な妨害工作。
『おっと!? Dブロック、スタート直後から《ブラックバード》が完全に包囲されたーっ! これは厳しい! 逃げ場がありません!』
ピットのモニターを見ていたガレス・クロムウェルが、通信機を握りしめて怒号を上げる。
『何をしている、ナナ! パワーで押し返せ! スポンサーの機体を力づくで弾き飛せと言っているんだ!』
包囲網の中で、《ブラックバード》のアクチュエーターが悲鳴を上げる。 壁と他機の鉄塊に挟まれ、金属が擦れ合う狂暴な火花が散る。
(押し返す……? そんなことをしたら、機体も、相手もタダじゃ済まない……!)
ナナの視界が、火花と歪む鉄の光で赤く染まる。 胸が苦しい。父親の冷酷な指示、勝利だけを求められる重圧、そして人間を道具としか見ないスポンサーたちの醜い欲望。
自由になりたかった。 風のように、誰の縛りもなく、ただあの空の果てへ飛んでいきたかった。
(……でも、私は鳥にはなれない)
ナナは溢れそうになる涙をグッと堪え、蒼白な唇を噛み締めた。 生身の人間は空を飛べない。自分は翼を持った妖精でも、自由な鳥でもない。
(……だから)
ナナの瞳に、静かだが凄絶な覚悟の火が宿る。
(だから……この鋼鉄に魂を預ける)
操縦桿を固く握り締め、バイパスの限界リミッターを自らの手で解除する。機体の魔導コアが、血のように赤い狂光を放って振動を始めた。
「……翼をください」
ナナは祈るように、細く儚い声を漏らした。
「私を……あの果てへ導いて……!!」
ドッゴォォォォォォォンッ!!!!!
《ブラックバード》の背部ブースターが、限界を超えた黒炎と過熱蒸気を爆発させた。
「な、なんだと!?」 「引きちぎる気か!?」
包囲していた敵機たちが、予想を遥かに超えた異次元の加速に目を見開く。 ほんのコンマ数ミリ、壁と前方の敵機との間に生まれた『隙間』。
《ブラックバード》は自らの装甲を削り落とすかのような超密着の斜行で、その針の穴を通すような隙間へと一直線に潜り込んだ。
ギギギギギギギガガガガッッッ!!
黒い翼が一枚弾け飛ぶ! だが、その犠牲と引き換えに、《ブラックバード》は包囲網を力づくで、そして紙一重の精度で置き去りにし、弾丸となって漆黒の直線へと飛び出した!
『突っ切ったーーーーーっ!? わずかな隙間を完璧な操縦技術で擦り抜けたーっ! 《ブラックバード》、圧倒的速さでトップへ浮上!!』
悲鳴のような歓声がサーキットを包む。 黒い機体はそのまま他を一切寄せ付けず、1位でチェッカーフラッグを駆け抜けた。
しかし――ピットエリア。
モニターに映し出された圧倒的な勝利の瞬間を見つめながら、ガレス・クロムウェルは激怒のあまり顔を歪ませ、通信機を握り潰さんばかりに力を込めた。
「……チッ!! 甘い走行をしおって……!」
力で相手を粉砕せず、機体を傷つけてまで「避ける」道を選んだ娘の走りが、勝利至上主義の男には甘くて仕方がなかったのだ。ガレスは吐き捨てるように怒りを露わにし、足音を荒げてピットを去っていった。
こうして、波乱に満ちた予選は終了した。 勝ち残った8名の猛者たち――カイエン、モエ、ナナ、そしてゼノス。
それぞれの想いと欲望を乗せた「鋼鉄の決戦(決勝)」のステージが、ついに整おうとしていた。
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