EP141 予選の疾風と灰の巨砲
工都グランプリ、予選当日。
巨大なサーキットは、超満員の観客が放つ熱気で揺れていた。 今大会の予選は、エントリーしたレーサーたちをA・B・C・Dの4つのブロック(各8名)に分け、それぞれのレースで「上位2名」のみが決勝へ進出できるという完全な狭き門となっている。狭き門を突破した計8名だけが、栄光の決勝サーキットへ駒を進められるのだ。
Aブロックには、自作の軽装機で挑む整備士のモエ。 Dブロックには、圧倒的な下馬評を誇る漆黒の怪鳥とナナ・クロムウェル。
そして、注目のBブロックに出走するのは――前年度チャンピオン、ゼノス・ヴァイス(24歳)であった。
「……フン、準備はできているな?」
ピットロードで冷たい言葉を投げかけたのは、水色の短髪に青い瞳を持つ青年、ゼノスだった。 182センチの細身で引き締まった体に、白と水色を基調としたレーサースーツを纏っている。日焼けのない白い肌に浮かぶ無表情は、他者を寄せ付けない冷徹なアイスドールそのものに見えた。
彼の駆る機体は《フロスト》。 徹底的に空気を切り裂くことだけを追求した水色のフレームは、まるで一羽の鋭利な鳥のようなシルエットを描いている。最高速においては今大会No.1と称される、洗練された機体だった。
「ゼノス! 我が社の看板を背負っているのだ、連覇以外は許されんぞ!」 「……分かっています」
冷酷なスポンサーの怒号を背に受けながら、ゼノスは深く静かに青い瞳を閉じた。 他者を見下すような嫌な態度に見えるその横顔の裏には、企業からの過酷な圧力と、スポンサーに逆らえない自らの立場への葛藤が隠されていた。ただ風を切りたいという純粋な想いは、大人の欲望の陰に押し込められている。
そして――予選Cブロック。 カイエンの乗る《レギュレーター》が、ついにスタートラインへと着いた。
◇
「おいおい見ろよ、Cブロックのあの機体……!」 「なんだあのダサい箱型は!? 機械というより『棺桶』じゃないか!」
観客席やVIPルームのスポンサーたちから、あからさまな嘲笑が巻き起こる。 他の7機が流線型のスマートな装甲で身を固めている中、灰色で角張った重装甲の巨体は、どこからどう見ても異様であり、そして鈍重に見えた。
コクピットの中で、カイエンは静かに目を閉じる。 周囲の雑音など、元・最高監査員の耳には何の意味もなさなかった。
『Cブロック予選、スタート5秒前……4、3、2、1……ゴー!!』
爆音とともに、7機のマシンが一斉にロケットスタートを切る。 軽量化された機体たちは驚異的な加速で第1コーナーへと躍り出ていった。
一方――カイエンの《レギュレーター》は。
ズシーン……ズシーン……。
「ぶははは! 遅えぇぇっ!」 「やっぱり動くのがやっとのガラクタじゃねえか!」
最下位。圧倒的な、ぐうの音も出ない最下位である。 だが、カイエンは操縦桿を静かに握ったまま、紅い魔眼をうっすらと発光させた。
(……過剰出力の波。やはり、どいつのコアも限界を超えているな)
先行するマシンたちの背後から、不吉な魔導ノイズが立ち昇っていた。 勝利を焦るあまり、禁忌や違法改造スレスレの過剰充填を行ったアーティファクトたちが、限界悲鳴を上げ始めているのだ。
そして――第2コーナーを抜けた先の直線区間で、惨劇は起きた。
「な、なんだ!? ブースターの圧力が下がらない――うわあああああっ!?」
パァンッ!!
トップを走っていた機体のアーティファクトが暴走し、激しい爆発を起こした。 巻き込まれた後続の2機が次々とスピンし、激しく衝突。金属片と炎を撒き散らしながら大クラッシュを引き起こした。
さらに過熱したバイパス管から吹き出した黒煙がコースを覆い、破砕されたフレームと炎上する瓦礫が、狭いコースの道幅を完全に塞ぎ切ってしまったのだ。
「クラッシュ発生! 第2コーナー出口が完全に封鎖されたーっ! 後続機は減速、あるいは停止するしかありません!」
後続の機体たちが悲鳴を上げてブレーキを踏み、横転を避けようと右往左往する。 絶体絶命の混迷。
しかし――最下位からノロノロと走っていた灰色の重戦車は、ブレーキなど踏まなかった。
「……どけ」
カイエンは低く呟くと、己の体内に通じる事象解析の力を、機体のバイパス回路へと直接流し込んだ。
グワシッ……!!
《レギュレーター》の背部に鎮座する巨大な二連ブースターが、カイエンの「理」の干渉を受けて強制駆動を開始する。内部の蒸気圧力が一気に限界突破の領域へと跳ね上がり、排気口から圧倒的な密度の灰色の蒸気が爆風となって噴き出した。
ドドドドドドドドドドッ!!!!!
「な……なんだあの排気音は!?」 「止まらないぞ! あいつ、瓦礫の山に突っ込んでいく気か!?」
加速する灰色の要塞。 目の前には、炎上する機体の残骸と、横倒しになった鋼鉄のフレームが壁となって塞がれている。普通なら突っ込んだ瞬間に機体ごと爆破・死亡する死の障害物。
だが、カイエンは魔眼で衝撃の最も少ない「構造の接点」を一瞬で見極めた。
「破砕」
ズドォォォォォォンッ!!!!!
激突。 しかし、大破したのはコースを塞いでいた瓦礫の方だった。
《レギュレーター》の極厚多層装甲は、爆炎と激突の衝撃を真っ向から粉砕。燃え盛る火炎を力づくで押し裂き、炎上する残骸をまるで落ち葉のように吹き飛ばしながら、一直線にコースを突き抜けていった!
「な、何ぃぃぃぃぃぃっ!?」
観客席から悲鳴のような驚愕の声が上がる。
炎と黒煙を割って姿を現したのは、傷一つついていない艶消しの灰色。 装甲からシュウシュウと灰色の蒸気を吐き出しながら、《レギュレーター》は障害物を物理的に「排除」して、そのままトップへと躍り出た。
『た、耐えているーーーっ!?』
実況のマイクが破れんばかりの絶叫を上げる。
『凄まじい衝撃! 炎上するクラッシュ現場を、そのまま力づくで粉砕突破ぁぁぁっ! なんという装甲! なんという剛性! あの機体……絶対に止まらないーーーっ!!』
呆然と立ち尽くす観客たち。 そしてピットで画面を見つめるモエは、思わず不敵な笑みを漏らした。
「ふふん……見たか! これが私とカイエンの作った《レギュレーター》よ!」
圧倒的な打たれ強さと、計算し尽くされた力技。 嘲笑されていた灰色の棺桶は、予選のコースを破壊しながら、悠々と1位でゴールラインを駆け抜けていった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
「続きが気になる!」「面白かった!」と思っていただけましたら、
☆☆☆☆☆評価やブックマークで応援していただけると、とても励みになります!
皆さまの応援が、執筆を続ける大きな力になります。
また次話でお会いしましょう!




