EP140 装甲という名の暴力
工都大サーキット――大会当日。
雲一つない青空の下、サーキットを埋め尽くした数万人の観客から上がる大歓声が、蒸気パイプの鳴動と混ざり合って空気を激しく振動させていた。
「さあやってまいりました、ギアフォージ・グランプリ直前公式試走! 本戦を目前に控え、各チームの調整も最終段階! 研ぎ澄まされた極限のマシンたちが、次々とコースインしていきます!」
魔法音声の実況が響き渡る中、ピットロードから次々とパワードスーツが繰り出していく。
シュイィィン!
鮮やかな流線型の装甲を纏った軽量機体たちが、まるで風を切る翼のように軽快なエンジン音を響かせて加速する。無駄を徹底的に削ぎ落とした細身のフレーム、美しいコーナリング、コンマ数秒を削るための俊敏なステップ。
まさに技術の結晶。洗練された「走る芸術」の群れに、観客席は大興奮の渦に包まれていた。
だが――。
『ズシン……ズシン……ズシン……』
ピットロードの奥から、他の機体の爽快な排気音を根底から打ち消すような、重苦しい足音が響き渡った。
「ん……? なんだあの重低音は……?」 「おい見ろよ、アレ……何だありゃ!?」
観客たちの視線が、一箇所に集中する。
コースに姿を現したのは、洗練や流線型という言葉とはおよそ無縁の「異物」だった。 艶消しのダークグレーに塗られた、武骨で角張った極厚の二重複合装甲。空気抵抗など一切考慮していない箱型のシルエット。背中には、まるで工場の大煙突をそのまま括り付けたかのような巨大な二連ブースター。
他チームのマシンが「F1カー」ならば、それはどう見ても「走る要塞」あるいは「単体戦車」だった。
「……遅っ!?」
コースインした《レギュレーター》の動きを見て、観客の誰かが素で声を漏らした。
他の機体が時速数回転の猛スピードで軽快にストレートを駆け抜けていく中、カイエンの乗る《レギュレーター》は、ズスン、ズスン、と重い足取りでマイペースにコースを走っていた。動きが重い。圧倒的に重い。
「ハハハ! なんだありゃ! ガレージ・クラフツの枠組みは、ついに正気を失ったか!?」 「あんな重装甲でレースに出る奴があるか! 最初のコーナーすら曲がれずにリタイア確定だろ!」
ライバルチームのレーサーたちが、通信機越しに爆笑の声を上げる。
ピットエリアでモニターを見つめるモエは、腕を組んでハァと深いため息をついた。
「言わんこっちゃない……。目立ちまくりじゃないのよバカカイエン……」
◇
だが――その「嘲笑」が「戦慄」へと変わるのに、十秒もかからなかった。
コース前半の難所、直角に折れ曲がる『第3ヘアピンコーナー』。
先行していた軽量機たちが、華麗なブレーキングと体重移動で最小限のラインを描いて曲がっていく。 そこへ、カイエンの《レギュレーター》が進入した。
「おいおい! あいつ減速してないぞ!?」 「バカか! あの重さと速度で突っ込んだら――」
キィィィィィィンッ!
制御不能に陥ったかのような速度でコーナーへ進入した灰色の要塞。 カイエンは曲がる気などサラサラないかのように、そのまま外側の強化コンクリート壁へと一直線に突っ込んでいった。
ガンッッッ!! ガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!
サーキット全体に、耳を刺すような凄まじい破壊音が轟いた。
猛烈な火花が夜空の仕掛け花火のように吹き荒れる。 普通なら即大破。フレームは歪み、乗手は過剰なGと衝撃で即死か重体。マシンは木っ端微塵になって散らばり、赤旗中断になるレベルの事故――。
はずだった。
「え……?」
並走していた他チームのレーサーが、驚愕で目を剥いた。
《レギュレーター》は、壁に装甲を力づくで擦り付け、コンクリートを削り取りながら、何事もなかったかのように強引に旋回していた。
強烈な摩擦音とともに壁をガリガリ削りながらコーナーを強行突破すると、そのまま何くわぬ顔で直線へと脱出していく。 分厚い斜体装甲には傷一つついていない。削れたのはコンクリートの壁だけだ。
「な……なんだあいつ!? 壁をブレーキ代わりに使いやがったのか!?」 「バカな! 機体が持っていくわけが――」
衝撃が収まらないまま、試走コースは立体交差の『大ジャンプセクション』へと突入する。
高低差10メートル以上のジャンプ台。 普通のレース機体であれば、着地時の衝撃でサスペンションや脚部アクチュエーターが破損するリスクがあるため、手前でしっかりとスピードを落とし、着地姿勢を完璧に整えて飛ぶのが常識だ。
だが、カイエンは違った。
背部の大型二連ブースターが、ゴオオオオオッ! と狂暴な蒸気を吐き出す。
「行け」
ドンッ!
重戦車が空を飛んだ。 灰色の巨体が放物線を描き、そのまま着地地点へと一直線に落下していく。
「あいつ、減速なしで飛んだぞ!?」 「脚が折れる! 完全に空中分解するぞ!!」
ズドォォォォォォンッ!!!!
まるで隕石が落ちたかのような爆発音がサーキットを揺らした。 着地地点の特殊金属舗装が凹み、凄まじい衝撃波と粉塵が巻き起こる。観客たちが思わず目を背けるほどの惨状。
しかし――粉塵の中から姿を現したのは。
ズシン、ズシン、と変わらぬ足取りで、平然と前進を続ける《レギュレーター》の姿だった。
サスペンションの異音なし。脚部のキシミ一切なし。 衝撃のすべてを極厚の多層装甲と無骨なフレームが何事もなく受け止め、いなし、殺していた。カイエン本人は、コクピットの中で眉一つ動かさずに操縦桿を握っている。
「……ふむ。サスペンションの剛性は十分だな。モエの調整通りだ」
『な、何だあの機体はーーーーーっ!?』
静まり返っていた実況が、狂ったような大歓声とともに叫び声を上げた!
『壊れない! 全く壊れない! 壁に激突しても無傷! 大ジャンプからドカンと落ちても平然! まるで動く城塞! 規則違反ギリギリの圧倒的な肉厚です!!』
観客席から「おおおおおおっ!?」と割れんばかりの歓声とどよめきが巻き起こる。
「……あいつ、ホントにバカじゃないの……」
ピットで頭を抱えるモエ。だがその口元は、呆れつつもどこか誇らしげに吊り上がっていた。
そして――コースの上空、特等席のピットからその光景を見下ろしていた漆黒のマシン《ブラックバード》。 そのコクピットの中で、ナナ・クロムウェルは深い藍色の瞳を大きく見開いていた。
「……あの機体……あんな走らせ方があるの……?」
常識を遥かに超えた「頑丈さという名の暴力」。 歪んだレースの世界に、灰色の要塞が強烈な爪痕を残した瞬間だった。
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