EP139 灰色の無骨(レギュレーター)
『ガレージ・クラフツ』の夜は遅い。 昼間の喧騒が嘘のように静まり返った工房で、カチャン、カチャンと規則的な金属音が響いていた。
カイエンが参加を決意してから数日。 連日にわたる徹夜作業の合間、モエはふと昼間にドワーフのベテラン職人たちから冷やかされた言葉を思い出していた。
『おいおいモエちゃん、最近カイエンの兄ちゃんと付きっきりじゃないか!』 『風の噂じゃあ、お前ら二人で夜な夜な奥の部屋で何やら“激しいこと”をやってるって評判だぞ〜? ガハハ!』
(な、ななな何言っちゃってんのよあのおっちゃんたちはっ!? 機械の整備! 徹夜でパワードスーツの組み上げをしてるだけじゃないのよっ!)
作業台の影で、モエは一人で真っ赤になった顔をブンブンと振っていた。 だが、一度意識してしまうと、すぐ目の前で無言でボルトを締め上げているカイエンの無駄のない筋肉や、汗で薄っすらと濡れた首筋が嫌でも目に入ってしまう。
(うぅ……無駄に男前だし、背は高いし……いやいや、落ち着け私! 私はメカニカル・エンジン一筋の健全な整備士!)
「――よし、準備はできたぞ。モエ」
「ひゃいっ!?」
不意にカイエンから低く通る声で呼びかけられ、モエは裏返った声を上げた。
「……どうした?」
「な、なんでもないわよ! 疲れが溜まってるだけ! で、何が準備できたの?」
カイエンは手に持った巨大なスパナをオイル拭きの布で拭いながら、真面目な顔でモエを見つめた。
「何って、決まっているだろう。――よし、やるぞ」
「は、はい!?」
モエの脳内で、昼間のおっちゃんの言葉がフラッシュバックした。
『夜な夜なやってるらしいぞ〜!』
(や、やるって……ええっ!? 今!? このタイミングで!?)
「や、やるって……ちょっと待って、ここで!? こんなオイル臭い工房の床で!?」
「当たり前だろ。他に作業に適した場所があるか?」
カイエンは至極当然といった様子で首をかしげる。
「ち、ちょっと待ってよ! 私、まだシャワーとか浴びてないんだけど……!」
「これから汚れるし汗もかくんだ。シャワーなんて後で浴びればいいだろ」
「~っっ!!」
モエの顔面が爆発したかのように沸騰した。 汗をかく? 汚れる? シャワーは後でいい? あまりにもストレートかつ野蛮(?)な物言い!
(な、なんて強引なのこの人! でも……まあ……カイエンなら……って、私何考えてんの!? でも断るのもなんか負けた気がするし……!)
モエは両拳をギュッと握りしめ、恥ずかしさで固く目を瞑りながら、消え入りそうな声で呟いた。
「……ふ、初めてなんだから……優しくしてよね……?」
「……?」
カイエンは本気で心底不審そうな顔をして、モエを見下ろした。
「何を言っているんだ? お前、こういう作業は慣れてるだろ」
「……え?」
モエがうっすらと目を開けると、カイエンが指さしたのは――工房の中央に吊り下げられた、巨大で無骨な鋼鉄のフレームだった。
「クランクシャフトの据え付けと、シリンダーの最終トルク管理だ。お前の手技ならすぐ終わると思ったのだが」
「……」
静寂が工房を支配した。
「……メカの整備?」
「それ以外に何がある」
「……」
モエの顔からスーッと赤みが引いていき、代わりに猛烈な恥ずかしさと怒りがこみ上げてきた。
「~っっっ酷いっ!! あんた何よその言い草! 『初めてだから優しく』って言った私に対して『お前慣れてるだろ』って! そんなビッチみたいに見えてたの!? 酷い! あんたなんか最低よバカカイエンっ!!」
「な、なぜ怒る……? 整備の経験ならお前の方が上だと言っただけなのだが……」
ポカンとするカイエンの胸板を、モエは「バカ! バカ!」と涙目でポカポカと叩いた。元・最高監査員の鋭い洞察力も、年頃の少女の勘違い乙女心(とドワーフの余計な噂)の前には一切の役に立たないのだった。
◇
「……コホン。気を取り直して」
顔を真っ赤にしたまま、冷やした缶ココアを頬に当てて咳払いをしたモエは、改めてカイエンが組み上げたフレームの前に立った。
作業場の床には、モエがジャンク屋やパーツショップから集めてきた大量のパーツが山積みになっている。 だが、その中央に鎮座する機体の骨組みを見て、モエは呆れたように頭を抱えた。
「ねえ、カイエン……普通、レース用のパワードスーツって言ったら『軽量化』が命なのよ? いかに装甲を削って、フレームを肉抜きして、一グラムでも軽くして最高速を伸ばすか……それが常識なの」
モエは、目の前にある極太の増強フレームと、重厚な複合装甲板を指さした。まるで建物の鉄骨をそのまま組み上げたかのような、狂気の重量感。
「なのにあなた……何これ。何この鉄の塊。軽装化するどころか、装甲を二重に張ろうとしてるじゃない!」
「壊れない方が重要だ」
カイエンは淡々と答えた。
「は?」
「レースの映像を見たが、他機の接触やコースの障害物、事故による破損が多すぎる。どれほど速くとも、途中で大破してリタイアすれば意味がない」
「いやいや! 接触を避けるためにスピードと機動力でかわすのよ! こんな重い装甲張ったら、加速も旋回も激重になっちゃうじゃない!」
カイエンは静かに自らの手を見つめ、低く呟いた。
「俺は、勝ちたいんじゃない。――最後まで走れれば、それでいい」
「……え?」
「グランプリの裏で蠢く企み、そしてあの父娘の歪んだ走行。それらの結末を最後まで見届け、トラブルが起きた時にすべてを『収束』させる。そのためには、どんな衝撃や妨害にも耐えうる頑強さが必要だ。スピード競走をするつもりはない」
カイエンの真っ直ぐな言葉に、モエはポカンと口を開けた。 レースに出場する者が口にする言葉としては、あまりにも異質だ。「1位になりたい」「タイムを縮めたい」という欲望が一切ない。あるのはただ、己の任を全うするための冷徹なまでの実質主義。
「……ははっ」
モエは思わず苦笑いを漏らした。
「レースに出ておいて『勝ちたくない、最後まで走れればいい』なんて理由……私、生まれて初めて聞いたわよ」
だが、モエの瞳には呆れと同時に、どこか誇らしげな光が宿っていた。
「いいわ! あんたがそういうスタンスなら、私も整備士として腹をくくる! 絶対にどんな攻撃にも壊れない、超頑丈な相棒を作ってあげるわよ!」
「あぁ。頼む」
◇
それからさらに数日後。 『ガレージ・クラフツ』の最奥ドックで、ついにカイエンの専用機がその全貌を現した。
シュウゥゥゥ……ッ!
冷却蒸気が吐き出され、照明の下に姿を現したその機体を見た職人たちは、誰もが言葉を失った。
「……おいおい、マジかよ」 「これ……レースに出す機体じゃねえぞ……」
他のチームが持ち込む最新の機体は、流線型の美しさを追求した、まるで「F1マシン」のような華奢で洗練されたシルエットをしている。
だが、カイエンの機体は違った。
全身を覆うのは、艶消しのダークグレー(灰色)に塗装された、角張った極厚の肉厚装甲。曲線を徹底的に排除し、直線と傾斜装甲のみで構成されたその姿は、レース用マシンというよりも、戦場を踏みにじる『戦車』そのものだった。
唯一、機体の背部にのみ、過剰なまでの出力を持つ大型の二連蒸気ブースターが武骨に増設されている。曲がることすら拒否し、ただひたすらに重い巨体を前へと押し出すためだけの強引な設計。
モエは出来上がった灰色の鉄塊を見上げ、半目になりながら呟いた。
「……丈夫そうね」
「あぁ」
「いや……丈夫すぎ!! これもう、大砲の直撃に耐えるレベルじゃない!? ほんとにこれで走る気!?」
カイエンは完成した機体の足元に歩み寄り、冷たい鉄の装甲にそっと手を触れた。 その武骨で飾り気のない佇まいは、世界の歪みを切り捨てる「監視員」としてのカイエンの在り方そのもののように思えた。
「名前は……決めたの?」
モエが尋ねると、カイエンは静かに頷いた。
「――《レギュレーター》だ」
「レギュレーター(調整者)……ふん、あんたらしい地味で堅苦しい名前ね」
モエはニッと笑うと、カイエンの腰をポンと叩いた。
「よし! 最強のドン亀マシン《レギュレーター》の完成よ! 明日はいよいよグランプリ本戦の予選! 暴れてきなさい、カイエン!」
「あぁ。……色々と世話になったな、モエ」
「へへっ、お礼は無事に完走してからでいいわよ!」
灰色の鉄の塊と、そこに宿る二人の意志。 華やかで狂暴な《ギアフォージ・グランプリ》の舞台に、規格外の重戦車が、今まさに乗り込もうとしていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
「続きが気になる!」「面白かった!」と思っていただけましたら、
☆☆☆☆☆評価やブックマークで応援していただけると、とても励みになります!
皆さまの応援が、執筆を続ける大きな力になります。
また次話でお会いしましょう!




