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不適合者のレギュレーター  作者: シャロン=ミ
工都ギアフォージ・レース編

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EP138 赤黒の脈動

サーキットからの帰り道。工都ギアフォージの街並みは夜の帳に包まれ始めていたが、無数の蒸気機関の排気と街灯の明かりが、街をどこか薄暗く怪しい熱気で照らし出していた。


モエは作業つなぎのポケットに手をつっこみ、うつむき加減で歩いていた。


「……さっきのナナの走り、すごかったけど……やっぱり流石にやりすぎだよ」


ポツリと漏らされた声には、幼馴染を心から案じる悲痛さが滲んでいた。


「最近ね、レースで高出力を求めすぎるあまり、アーティファクトが暴走するクラッシュ事故が本当に増えてるの。……機体が大破するだけならまだしも、レーサーが重傷を負ったり、命を落とす事故だって……」


モエは足を止め、遠くのサーキットの明かりを見つめた。


「それだけじゃないわ。レース用の高性能なアーティファクトは超が高つくから、ガレージ狙いの盗難被害も深刻なの。特に――『帝国製』のアーティファクトは、闇市場で信じられないくらいの高値で密売されてるって噂だよ。高出力だけど制御が難しくて、闇のブローカーたちが裏で手を回してるって……」


「帝国製のアーティファクト、か」


カイエンは静かに呟いた。 軍事目的に特化し、限界を超えた出力を絞り出す帝国の技術。それがこの工都の「勝利至上主義」と結びついた時、どのような悲劇を生むか、想像に難くない。


「あ、そうだ! カイエン、大会の公式ポスター見ていく? ガレージの前に貼ってあるの!」


モエは暗い雰囲気を振り払うように努めて明るい声を出し、『ガレージ・クラフツ』の入口横にある大型の掲示板へと走った。


色鮮やかに印刷されたグランプリの公式ポスター。 躍動感あふれるパワードスーツのイラストとともに、豪華な副賞の一覧がデカデカと躍っている。


『工都ギアフォージ・グランプリ優勝特典』 ・賞金 1,000万ギル ・名誉称号『鋼鉄の覇者』 ・特別提供品:帝国製アーティファクト技術研究資料(限定公開版)


カイエンの視線が、最後の項目に釘付けになった。


『帝国製アーティファクト技術研究資料』――。


事象を解析する魔眼を向けるまでもなく、カイエンの直感が警鐘を鳴らした。 帝国が秘匿し、あるいは放棄したはずの危険な技術の断片。世界の歪み(バグ)や『使徒』の残滓に繋がるような代物が、この大会の裏で賞品として取り引きされようとしているのではないか。


「……これか」


カイエンは低く呟き、静かに自らの拳を握りしめた。


「ん? カイエン、どうしたの?」


「モエ」


カイエンは振り返り、真っ直ぐに整備士の少女を見据えた。


「俺も、このグランプリに出場する」


「えぇぇっ!? ほんとに!? さっき練習機で一回歩いたばっかりじゃない!」


「問題ない。操縦のコツは掴んだ。それに……確かめるべきものができた」


カイエンの強い瞳に、モエは呆気にとられ、続いてニッと八重歯を覗かせて笑った。


「ふふっ、言ったわね! いいわ、あんたが乗る機体は私が最高のものに仕上げてあげる! 《カーピー》と一緒に、サーキットを荒らし回ってやろうじゃない!」


「あぁ。頼む」


工都に渦巻く欲望と情熱の渦の中へ、元・最高監査員は自ら飛び込むことを決意した。



同じ頃――工都の夜の静寂を切り裂くように、高層地区に佇む巨大なスポンサー企業のビルの一室。


重厚な革張りのソファ、磨き上げられた大理石の床。 その豪奢な部屋の中に、巨大な影がひとつたたずんでいた。


ガレス・クロムウェル――『鋼鉄皇帝』。


その背後、影の中から黒いスーツを着た男たちが姿を現す。企業の裏仕事を請け負う黒服たちだ。男たちの眼光は鋭く、冷酷な光を宿している。


「クロムウェル代表。前節の試走タイムは拝見した。素晴らしい走りだ」


黒服のリーダー格が、冷たい声で言い放った。


「だが、観客を喜ばせるだけの『美しい勝利』など求めていない。我が社が提示したスポンサー料の意味は分かっているな?」


「……あぁ」


ガレスは振り向くことなく、重い声で応じた。


「今年は必ず、ナナを優勝させろ。手段は問わん。他チームの妨害だろうと、機体の限界突破だろうとな。我々が出資している以上、敗北は一切許されない」


「……分かっている」


ガレスは絞り出すように呟き、固く拳を握りしめた。 勝利こそがすべて。勝たなければ、守りたいものすら守れない。それが、プロの世界の泥をすすり続けてきた男の辿り着いた狂気の結論だった。


黒服の男はフッ、と嘲笑うと、脇に置かれていた重厚なアタッシュケースを静かに開けた。


「ならば……これを使ってもらおう。我が社が闇のルートから手に入れた、特別なお手柄だ」


ケースの内部、特殊な絶縁サスペンションに固定されていたのは――一核の異形なアーティファクトだった。


帝国製、高出力魔導コア。


金属と有機物が不気味に融合したその表面は、まるで生き物の心臓のように、どくんどくんと赤黒い光を脈動させていた。


「な……これは……!?」


ガレスの瞳が、驚愕と戦慄に揺れる。


「帝国の禁忌技術を応用した、限界駆動コアだ。これを取り付ければ、どのような機体であろうと出力は三倍に跳ね上がる。……もっとも、乗手の精神と機体のフレームを激しく侵食するがね」


赤黒い脈動が、ガレスの無精髭の浮いた顔を不気味に赤く染め上げる。


「ナナにこれを使わせろ。何としても『最速』の称号と、優勝賞品を手に入れるのだ」


「……」


ガレスは拒絶の言葉を飲み込んだ。 目の前で脈動する禍々しい赤黒い光を見つめながら、男はただ黙って、深く、重く頷いた。


少女たちの夢、父親の狂気、そして帝国の残滓。 すべての思惑が交錯する中、狂騒の工都グランプリは、血と鉄の匂いを孕んでその幕を開けようとしていた。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

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また次話でお会いしましょう!

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